本願寺の東北角にある重層の楼閣で、内部に今も残る大きな太鼓は、江戸時代には周囲に時刻を告げる合図となっていました。 幕末、本願寺を一時的に屯所としていた新撰組による刀傷が、今も残っていると伝えられえています。