浄土真宗本願寺派(西本願寺)
大悲の中で

私たちが住んでいるこの地球上には、無数の生命が存在します。あらゆる命の中で、人間として生まれることは誠に尊いことであります。お釈迦さまは、人間に生まれることはどれだけ尊いかということを、ガンジス河の砂に例えて教えてくださいました。世の中にはガンジス河の砂の数ほどの生き物はいるけれど、その中で人間に生まれるのは、手のひらに乗る砂の数くらいであります。その人間に生まれても、仏法に遇う人は一本の指の上の砂の数くらいしかありません。ですから、仏法に遇えたことを慶びなさいとおっしゃいました。しかし、私たちは、そのことに気づかずに日暮らしをしているのではないでしょうか。今日あるように明日がくると思い、苦悩を抱え悲しみを抱えながら生きていく存在です。

親鸞聖人は、そのような私たちに「阿弥陀さまの願いを聞いて生きてください」とおっしゃいました。その願いとは「本当にまちがいなくお浄土に生まれるいとう思いを持って、『南無阿弥陀仏』とお念仏を称えて生きてください。必ずあなたの人生を支えていきます」という、阿弥陀さまの誓いだったのです。その誓いを聞くことによって、阿弥陀さまに願われ支えられて生きていることを知らされ、強く明るく生き抜く人生を得ることができるのです。

これは、学生時代に聞かせていただいたお話ですが、本願寺の宗門校である京都女子大学がまだ女子専門学校の時代。入学式には校長先生が生徒さん一人ひとりに質問をされたそうです。いろんな質問の中で、こんな質問がありました。「世の中であなたが一番尊敬する人は誰ですか?」と聞かれると、「はい。九条武子さまです」、「あなたは?」「はい、九条武子さまです」と、まるで判を押したように、女子教育の振興に努められた九条武子さまの名前を答えました。

何番目かの生徒さんの前に立ったときに、先生は驚きました。他の生徒さんは、新しい制服を着ているのに、彼女は古びた制服を着ていたのです。先生は「貧しい家の子どもさんだなあ」と内心思いながら、いろいろ質問をすると、明るくはきはきと答えてくれました。最後に「あなたが尊敬する人は誰ですか」と聞くと、急にうつむいたので、「あれ、どうしたんですか。早く言ってください」と聞いても無言です。「あの~、なかったらないと言っていいんですよ。」と先生が聞くと、ぱっと顔を上げた彼女の目は涙でいっぱいでした。

そして「先生、私が尊敬しているのは私のお母さんです」と言いました。先生はびっくりして「えっ!あなたのお母さんってそんなに偉い人ですか。誰ですか。」と聞くと、「いいえ、母は貧しい家の娘で、無学無文の何にも知らない母です。でも私はこの世の中で一番尊敬しているんです」と言いました。
「実は、私がこの学校に入学したのは、母の勧めでまいりました。父は私が幼いときに亡くなりました。だから母一人の手で育てられました。母はずいぶん苦労して私を育ててくれました。ですから、私は大きくなったら必ず働いて母の為に尽そうと思ってきました。でも母はどうしても京都の学校に行ってほしい、そして親鸞様の教えを聞いてほしいと頼むものですから、入学しました」
「京都に来るとき、母は作業着のまま駅まで送ってくれました。改札口で、私の手を強く握り、『いいか、しっかりやれよ。お母さんがお前を京都の学校に出すのは、何も理屈をうまく言える人間になれと言うのじゃない、親鸞さまの教えを聞いて、有り難うと手を合わす人間になってほしいから出すんや。学費のことは心配せんでいい、お母さんが働いて必ず送ってやるから安心して頑張れよ』と大声で言ったんです。私は手を振り切り汽車に飛び乗りました」
「座席に座ってから、何もあんなこと人前で言わなくてもいいのにと恥ずかしい思いでいたら、やがて発車のベルが鳴り、汽車がガタンと動き出しました。もうお母さんは帰ったなあと思い、窓から外を見たら、なんと母は改札口を飛び出して、プラットホームまで出てきて、大粒の涙を流しながら、合掌して私を拝んでいたんです。その姿を見たとき、私は頭から雷を打たれるような衝撃を受けました。涙が出てきて、今度は私が母を拝んでいたんです」
「だから先生、この世で一番尊敬しているのは私のお母さんです」と語りました。

校長先生はメガネを外し、涙を拭きながら「たくさんの生徒の中で、尊敬するのは私の母と言ったのは、あなただけです。どうぞ、その心を最後まで持ち続けて生きていってくださいね」と言われたそうです。

現代は、家族が崩壊する悲しい事件が多い時代です。親子がともに拝み合うような家庭生活こそ、一番尊いことであります。それは、家庭がお仏壇を中心として、朝に礼拝夕べに感謝の日暮らしの中で、本願を聞き如来の大悲の中で育てられていくことです。

それこそ、生まれ難い人間に生まれ、聞き難い仏法に遇った慶びではないでしょうか。


三嵜霊証 2005年5月

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みほとけとともに

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