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パンチのお育て

本願寺新報2008(平成20)年11月20日号掲載
大阪・光円寺住職 小森 信行(こもり しんぎょう)

子どもと一緒に道場通い


カット 林 義明

近頃、格闘技がブームとなり、テレビでもK-1やドリームなどが、ゴールデンタイムに放送されています。実は私も子どもの頃からボクシングが好きで、高校では野球をするかボクシングをするかでずいぶん悩みました。結局、プロ野球へのあこがれから野球一筋の青春を過ごしました。

現在、ご縁をいただいて結婚し、養子として入寺してから、はや10年になります。初めは土地にも不慣れで、知る人もありませんでした。顔を知らない方から挨拶されることが多々あり、しまいには電柱にまで頭を下げていたほどです(それはないか)。

挨拶といえば、近年は近所付き合いもだんだん薄れてきて、隣に誰が住んでいるのかさえわからないこともあるそうです。挨拶どころではありません。どうしてこういう寂しい時代になってしまったのでしょうか。

40歳を過ぎたある日、友人の住職から「空手をやってるので1度見にこないか?」と、さそわれたのがきっかけで週1回、私と7歳の娘と4歳の息子が空手道場に通うことになったのです。

思い通りにならない人生

空手を始めてみて感じたことがあります。それは、強い人ほどやさしいのです。きっと、辛(つら)い稽古(けいこ)を重ねてきたからこそなのでしょう。泣きながらでも稽古する多くの子どもたちを見て、この辛さを乗り越えるからこそやさしくなれるんだなあと、感じたことでした。

基本の型を教わりながら、私たちは組み手にも参加できるようになりました。そうなるとケガがつきもので、若い人から、するどいパンチを受けたとたんに胸の筋肉を痛めてしまいました。

結婚してから1度も病院に行ったことのない私でしたが、あまりの痛さにたまらず病院に行きますと、待合室では、ご門徒さんや近所の人たちが声をかけてくださいました。

来る人来る人が私を見るなり
「どないしはりましてん」と、近づいて来られます。

10年前は知る人もなかった私が、こんなにたくさん知り合いが増えたのだと、あらためて気付かされました。誰も声をかけてくださらなかったら、きっと寂しかったと思います。隣に誰が住んでいるのかわからなくなりつつあるこの時代に、待合室の多くの人に声をかけられながら診察室に入りました。

すると、お医者さんが「やかましく尋ねられていたのは、ごえんさんでしたか」と、驚いておられました。

病院では、皆さんが電気をあてたりして、一所懸命に治療に専念されていました。

「普段から足や腰が痛くてね」と話される方に、私は「今までのご苦労がこの痛みになって出てきておられるんやなあ。人生は苦なんだ、思い通りにならないのが人生なんですよ。決してあなただけの苦ではないのですよ」と、思わず励まし、力づけてしまいました。

如来さまのお心に出あう

しかし、生きていくためにこんなにも痛みを治そうと努力されている姿を目の当たりにしていますと、「自分は老いや病をあまりにも簡単に見ていたのではないかな」と、気付かされたのです。

自分が励ましているように思っていたのに、実は病院で皆さんに声をかけられ、励まされ、心配されているのは私の方でありました! 私こそが育てられていたのです。

浄土真宗には〝お育て〟という言葉が受け継がれています。お念仏を喜ぶ生活の中で、あのことも、こんな出来事も、すべて阿弥陀さまがこの私の真実の姿を知らせようとはたらきかけてくださっていたのだと味わわれたお言葉だったのでしょう。住職として、いかにみ教えをお伝えするのかという日暮らしの中で、実はそのみ教えを伝えられ、お育ていただいていたのはこの私自身でありました。そのことに気付かせてくださるはたらきが、如来さまのお心に出遇(あ)うということなのだと味わった1日でした。

空手を始めてはや2年が過ぎました。今も若者から力強いパンチをもらいながら、私の日頃と違う世界での出あいを通していろんなことを学んでいます。