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寅さんとおかげさま

本願寺新報 2009(平成21)年1月1日号掲載
金児 曉嗣(かねこ さとる)(大阪市立大学長)

「お正月映画といえば」


カット 林 義明

明けましておめでとうございます。新年にちなんでお正月・お盆映画として親しまれた「男はつらいよ」をとりあげましょう。このシリーズ全48作は、1969年に始まり1995年まで、実に27年間のながきにわたって日本人を魅了し続けてきた、日本の映画史上、画期的な作品群でした。今なおその人気は衰えるところがありません。むしろ「寅さん」映画の再評価がなされているように思えます。その秘密はいったいどこにあるのでしょうか。

昨年10月から11月にかけて朝日新聞の「ニッポン人・脈・記」でも、「おーい 寅さん」と題して13回にわたって取り上げられましたが、そこに心引かれるエピソードが紹介されています。阪神大震災の時、避難所では救援物資を奪い合い、怒号が飛び交ったそうですが、あるボランティアが銀幕代わりに布団のシーツで「男はつらいよ」を上映したところ、映画が終わり電気をつけたら、みんなとても明るい顔になっていたということです。

私も「寅さん」映画が大好きですが、山田洋次監督は「寅さんのおかしさも今の若者にはわからない」とも述べています。しかし、果たしてそうでしょうか。単に、食わず嫌いなのかもしれません。ギネスブックにも載(の)るほどのシリーズを、日本人が繰り返し見てきたのは、この映画の中に日本人の大事なものが残っていたからにちがいありません。その大事なものを今の若者が理解できないとすれば、これからの日本社会はどうなっていくのか、これは大変困ったことです。「寅さん」がわからないということは、由々(ゆゆ)しき社会問題でもあります。そこで、私の勤務する大阪市立大学の学生約300人に第29作『寅次郎 あじさいの恋』を鑑賞させ、その感想文を書かせてみました。

不安感なくす効果が

一般に日本映画にそっぽを向きがちな現代青年ですが、初めて見たこの映画に深い共感を持ち、すっかり見直したと書いています。「寅さん」映画は、ゆったりほのぼのとし、懐かしさがあふれ出るし、家族の温もりが感じられた、といいます。また、この映画を見て、自分を支え、育ててくれた家族や周りの人たちへの感謝の気持ちを披瀝(ひれき)する感想文が多く見られました。

実験も行ってみました。鑑賞の前後に「よい気分」「悪い気分」を測定したところ、「よい気分」は増進し、「悪い気分」は減少したのです。「寅さん」は確かに不安感をなくさせる効果を持っていました。それと同時に、3カ月前に測定しておいたおかげさま意識の程度と相関させると、おかげさま意識の強い学生ほど不安状態が低減されることも判明しました。「寅さん」の癒(いや)し効果は、「おかげさまで...」という浄土真宗的な報恩感謝の念と密接に結びついているのです。

哲学者の梅原猛さんは、寅次郎に「旅の行者(ぎょうじゃ)」の菩薩行(ぼさつぎょう)をみています。見かけはヤクザっぽい寅さんの心に深い慈悲の心が隠れていて、現世にいかなる欲望、名誉欲も権力欲も金銭欲も持たず、孤独に旅をしながら行きずりの人を何の報酬も求めずに助けるそのすがたが、見る人を安堵(あんど)の世界に導くのでしょう。そして、放浪を繰り返す寅さんにとっても、帰るべき柴又のだんご屋「とらや」の家があることが、彼の人生を根底から支えてくれているのです。

ここで示唆(しさ)的なのは、語り合い、悲喜哀歓を共にすることのできる家族や仲間がおり、そうした人々への深い信頼と相互依存の関係を築いている人が、寅さんに癒され、元気が出るということです。そして、多くの人たちが「男はつらいよ」を見て、そのような体験を共有していることに注目したいと思います。ここに私はわが宗門にとって大きな可能性を見出(みいだ)しています。

親鸞聖人のご和讃に「釈迦・弥陀は慈悲の父母(ぶも)」という言葉があります。阿弥陀さまのお慈悲を説くとき、親心がよく取り上げられますが、聖人にとっても同じ思いであったのでしょう。一切の衆生(しゅじょう)を救わずにはおかないという阿弥陀さまの誓いは、私たちが阿弥陀さまから常に一子地(いっしじ わがひとり子)と見られている存在だということです。親がわが子を思うように、阿弥陀さまは絶えず私を気にかけてくださっている。そうした心情は、他者との相互信頼感があってはじめて成り立つのです。そのことを映画「男はつらいよ」が教えてくれました。