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よかったね ばあちゃん

本願寺新報 2009(平成21)年6月1日号掲載
木下 明水(きのした めいすい)(熊本・勝明寺衆徒)

はじめての本願寺は


カット 林 義明

私には88歳の祖母がいます。熊本のお寺の一人娘として生まれたばあちゃんは大事に育てられ、世間知らずなところもあったそうです。昔の女学校を出してもらい、お見合いでお婿(むこ)さんを迎えることとなり、3人の子どもに恵まれました。しかし、33歳の時に女手一つでお寺を守らねばならなくなりました。

すぐに自転車に乗る練習をしたそうです。ご門徒さんのお宅にお参りに行くためにです。それからその人生のほとんどを熊本のお寺で過ごしてきました。
  毎朝、お仏飯(ぶっぱん)をあげ、正信偈をおつとめする。いろんな所へ自転車でお参りに行き、ご門徒さんとおつとめをして話をして、帰っては家事に追われ、夕方におつとめをして、疲れて眠る。

ばあちゃんは朝起きるとすぐに洗面台に立つのが日課でした。「なもあみだぶつ」と称(とな)えるために口をゆすぐのです。南無阿弥陀仏は六字のそのままが阿弥陀さまです。仏さまが声となって口から出てくださるのだから、口をゆすがないと申し訳ないというのです。こんなばあちゃんですから、私が小学生の頃、初めて京都のご本山にお参りすることになった時は、母と一緒にいろいろ準備してくれました。ご本山の阿弥陀さまと親鸞さまの前に座るのだからしゃんとしなさいと、新品のズボンとシャツと靴下と下着を買ってくれました。

心配しなくていいよ

3年前、私はばあちゃんと一緒にご本山に行こうと思い立ちました。小学生の時の恩返しにと、ばあちゃんに新品の服と靴下と下着を用意して、一緒に阿弥陀さまと親鸞さまの前に座りたかったのです。でも、もう飛行機も新幹線も無理な足腰になっていました。

それから体調を崩して入院し、ばあちゃんの病院生活は2年を過ぎました。少し認知症も出ており、時には私を息子だと勘違いして話しかけてきます。たまに元気な時は病室で正信偈を一緒におつとめするのですが、昔みたいにはいきません。聖典を見なくてもおつとめしていたばあちゃんが、何度も何度もつかえたり、同じところを繰り返すようになりました。

ある日、急に私の手を握りしめてばあちゃんが泣いたのです。顔をくちゃくちゃにして「正信偈もおつとめできなくなった。お仏飯もお花もあげられなくなった。本堂に座ることもできなくなった。こんなみっともない私を阿弥陀さまはお許しくださるんだろうか」と大粒の涙をこぼしたのです。

「ばあちゃん、心配しなくていいよ。その苦しみも阿弥陀さまはよくご存じなんだから」と私が言うと、今度は「もったいない」と泣くのです。あまりにも泣くので最初は認知症のせいだろうかと思いましたが、それは心からの涙だったとわかりました。長年お仕えしてきた阿弥陀さまに何もできないことが残念で「みっともない」と泣き、そしてその涙の苦しみもご存じの阿弥陀さまに「もったいない」とまた泣いたのです。

忘れてない恩徳讃

阿弥陀さまは「あなたに信心をひらきおこさせ、南無阿弥陀仏とお念仏を称えさせ、あなたを必ずすくいます」とお誓いになられました。

「よかったね、ばあちゃん。お誓い通りのお念仏の人生を送らせてもらったね。阿弥陀さまは"みっともない人生を送るなよ"と仰(おお)せになったのではない。"誓いのままに必ずすくう"と仰せになったんだよ、ばあちゃん」

現在、ばあちゃんは病院で1日に何度も恩徳讃を歌います。恩徳讃だけは忘れないみたいです。それに何度も歌うから昔より上手(うま)い。車いすに座り「如来大悲の恩徳は、身を粉(こ)にしても報ずべし」とビブラートを効(き)かせて高らかに歌います。

気がつけば、私もばあちゃんも身を粉にしても返せないほどのご恩を阿弥陀如来さまから賜(たまわ)り、お誓い通りのお念仏の日暮らしを送らせていただいています。命終わればお浄土で仏にさせていただく。ゆすぐことができなくなったばあちゃんの口にも「なもあみだぶつ」と出てくださる阿弥陀さま。

「ばあちゃん、阿弥陀さまがいつもご一緒だね、よかったね」