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いのちの羅針盤

本願寺新報 2009(平成21)年9月10日号掲載
佐々木 光明(ささき こうみょう)(北海道・浄土寺住職)

"現場"で聞く"証言"


カット 林 義明

吉川嘉勝さんは、一昨年開催された「9・29沖縄県民大会」で渡嘉敷島の集団自決の生き残りとして、自らの体験を証言された方です。私は吉川さんに札幌で「12・8戦禍を語り継ぐ集い」の講演をしていただいたのがご縁で昨年、この会のメンバーと共に、渡嘉敷島と沖縄本島を訪れることになりました。

渡嘉敷島の集団自決の現場で聞いた吉川さんの証言は、札幌で開催された講演の内容とほぼ同じものでした。しかし、"現場"というものが、その話にいのちを吹き込み、私の魂に呼びかける言葉の風となって、私を包みました。戦争とは何か、人間とは何か・・・と。

そのリアルさには、まさに慄然(りつぜん)とする思いがしました。"現場"が私の五感に直接呼びかけてくるのです。その時の太陽は、風は、空はどうであったのか。人々の慟哭(どうこく)・恐怖・嘆き、絶望と悲しみ・・・、そういったものが混然(こんぜん)一体となって〝現場〟にある気がするのです。その"現場"で聞く吉川嘉勝さんの証言は、札幌で聞いた話とは、同じであり、別のものでした。

眠れぬほどの慚愧

当時16歳であった金城重明さんは、集団自決のさなか、肉親をあやめたことを証言し続けておられます。

著書の『「集団自決」を心に刻んで 一沖縄キリスト者の絶望からの精神史』には、戦後の人生を綴る中に、キリスト教に入信され、その後牧師になられた事が書かれてありました。

ご自身の抱える"罪責"を、キリスト教に救いを求めながら生きてこられたのでしょうか。

金城さんは集団自決の話をする際には、一週間前からよく眠れず、話し終わった後、一週間は睡眠薬がなければ眠れなかったそうです。

それほどの慚愧(ざんぎ)を抱えながら生きることが、どれほどつらいことなのか私には想像もつきません。金城さんにとって「生きる」ということは、64年前の地獄をこの世にかかえて生きることに他ならないのであり、もし、キリスト教の救いに出あわなければ、生き続けることはできなかったのかもしれません。

私の心の奥には・・・

私たちの心は誰にも見せることができません。見せることのできない心の奥には、蛇(へび)や蠍(さそり)のような心が渦巻いています。怒りと憎しみと差別の心で、時には「あんな奴、この世からいなくなればいい」と、思うことさえあるのです。私たちは人を殺す条件がそろわないから人を殺さないのであり、条件さえそろったならば、何をするかしれない存在なのです。

私自身が64年前に渡嘉敷島に生まれ育ち、軍国教育を受けていたならば、集団自決の渦中にあって、必ずや人をあやめていたことでしょう。金城さんが抱え続けられた地獄は、まさに私の抱えている地獄でもあったのです。

慚愧とは、わが心に巣くう鬼を斬っていくことと私は味わっています。私が善人だから悪事をしないのではなく、条件さえそろえば、いつでも心に巣くう鬼が出てくるのです。そんな私が「お愧(は)ずかしい私でした」「お粗末な私でした」と頭が下がっていく世界を阿弥陀さまからいただいたからこそ、悪業やめがたきわが身の生き方が転ぜられていくのです。
  十方微塵(みじん)世界の
  念仏の衆生をみそなはし
  摂取してすてざれば
  阿弥陀となづけたてまつる
        (註釈版聖典571ページ)
と親鸞聖人はご和讃に詠(うた)われています。

時代と社会に翻弄(ほんろう)されるような人生を歩み、条件さえそろえば何をするかわからない私を、いつもみまもり、いのちの羅針盤となり、生きる方向を指し示してくださるはたらきが阿弥陀さまでありました。念仏を申し、阿弥陀さまの限りない智慧の光にわが身が照らされた時に、私の本当の姿を知らしめられるのです。

「十方衆生よ、いのち輝け!」と願われた、阿弥陀さまの願いに応える道を歩むためにも、他の一切のいのちと共に生きていく、戦争のない、本当の安らぎの世界をいただくのです。自らと歴史の事実を凝視しながら、平和な社会を築いてまいりましょう。