他力のこころ
水戸 浩文(みと こうぶん)(広島・福泉坊住職)
ご飯の前に〝領解文〟
カット 林 義明
かつて、読売新聞の社主を務められた故・正力松太郎さんは「自分が小さかった頃、毎朝夕、お仏壇にお参りし、お正信偈とお領解文(りょうげもん)を唱えなかったら、朝ごはんや夕ごはんを食べさせてもらえなかった」と、自伝にしたためておられます。
ご法義の篤いことで知られる北陸門徒、富山の正力家に限らず、ついこの間までこういう習慣の家は、そう珍しくなかったのではないでしょうか。
「正信偈」は宗祖親鸞聖人がおつくりになりましたが、「領解文」は第八代蓮如上人がつくられ、山科本願寺の頃から拝読されるようになったと伝えられています。
その大切な領解文には、
もろもろの雑行雑修(ぞうぎょうざっしゅ)自力のこころをふりすてて、一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生(ごしょう)、御(おん)たすけ候(そうら)へとたのみまうして候ふ。たのむ一念のとき、往生一定(いちじょう)御たすけ治定(じじょう)と存じ、このうへの称名は、御恩報謝(ごおんほうしゃ)と存じよろこびまうし候ふ。 (註釈版聖典・1227ページ)
と、真宗のご安心(あんじん)とご報謝の世界が謳(うた)われています。今日は、このご文(もん)を深く味わってみましょう。
「たのむ」は「まかせる」
これは、
わたくしは、さまざまな計(はか)らいをまじえた自力の心をなげ捨てて、「阿弥陀如来さま、わたくしの来(きた)るべき浄土往生の一大事につきまして、阿弥陀さまの救いのはたらきのままにおまかせします」と、ただ一心にたのみにいたしております。(安心)
阿弥陀さまのお救いにおまかせしたとき、往生成仏の身と定まり、そのお救いは決定していただいたと信じて、その後の称名念仏は、如来のご恩に報いるものであると、喜びのうちにお称(とな)え申しています。 (報謝)
という意味です。
ここで大切なことは、領解文の「たのむ」とは、阿弥陀さまに祈願請求(きがんしょうぐ)することではない、ということです。
あるお同行は
たのむとはたのむ心をたのまずに
われをたのめをたのむ一念
と詠(よ)まれました。
「阿弥陀さま、救ってください」とたのむのではなく、「必ず救う、我にまかせよ、我をたのめよ」の「我をたのめ」をたのみにする、おまかせする、という意味です。では、どうしてたのむ心、おまかせする心が大切なのでしょうか。
一休さんと蓮如上人
その昔、禅僧の一休さんが、親交のあった蓮如上人に向けておくられたとされる歌が伝えられています。
阿弥陀にはまことの慈悲はなかりけり
たのむ衆生をのみぞたすくる
阿弥陀仏は、あらゆる衆生を浄土に救うといいながら、まことの慈悲なんてないじゃないか。たのむ衆生は救うが、たのまない衆生に慈悲の光はあたっているのだろうか、というわけです。
これに対し、蓮如上人が返歌をされたと伝えられるお歌は、他力の宗教の真髄を見事に表現されていると私は思います。
阿弥陀にはへだつるこころはなけれども
蓋(ふた)ある水に月は宿らじ
阿弥陀さまのお慈悲の光は、まるでお日さまのように、月の光のように、誰の上にも分けへだてなく平等に注がれています。ただ、問題は阿弥陀さまの側にあるのではなく、光をいただく衆生の側にあるのです。「必ず救う、我にまかせよ」というお慈悲の光も、こころに蓋をしていたのでは、映るものも映らない、宿るものも宿らないでしょう、というわけです。
阿弥陀さまの救いにおまかせする心がすなわち信心です。信の反対は、疑です。
阿弥陀さまの「必ず救う、我にまかせよ」のお慈悲の月の光も、こころの水面に疑いの蓋をしていたのでは、映るはずのものも映らない、心に宿るはずのお慈悲の光も宿らないではないですか、と蓮如上人はこのお歌に詠まれたのです。
親鸞聖人は、このことを「疑蓋無雑(ぎがいむぞう)」といわれました。疑いの蓋の雑(まざ)ら無(な)い心、それが他力の信心なのです。










