み教えについて 浄土真宗の教えや歴史について
ホーム > み教えについて > みんなの法話 > おかげさまのお念仏

おかげさまのお念仏

本願寺新報 2009(平成21)年11月10日号掲載
江口 覚亮(えぐち かくりょう)(本山・布教研究専従員)

往生が定まる証拠


カット 林 義明

「なもあみだぶつ・なもあみだぶつ」 口に称えればわずか一声のお念仏。私にとってはいとも簡単なお念仏であります。しかし阿弥陀さまにとっては、六道の世界に迷い苦しんでいる私一人を、お浄土へ生まれさせ仏にせんがために、途方もない時間をかけて功徳を積み成就してくださった「なもあみだぶつ」であったのです。

このことを蓮如上人は「御文章」に、


阿弥陀仏の、むかし法蔵比丘(ほうぞうびく)たりしとき、「衆生仏(ぶつ)に成(な)らずはわれも正覚(しょうがく)成らじ」と誓ひましますとき、その正覚すでに成(じょう)じたまひしすがたこそ、いまの南無阿弥陀仏なりとこころうべし。これすなはちわれらが往生の定まりたる証拠なり。
    (註釈版聖典・1179ページ)

と、おっしゃっています。

幼い頃からわけもわからず称えていた「なもあみだぶつ」が、この私の浄土往生する「証拠」であったとは驚きでした。単なる無意味なお念仏じゃなかったのですね。

では何故それほどの「なもあみだぶつ」を、今こうして称える身になったのでしょうか。考えてみてもよくわかりません。しかし、ふと先日届いた一通の手紙を通して、もしかしたら私もそのようにしてお念仏申す身になったのではないかなと味わったのでした。

自然と体にしみこむ

その手紙の内容とは、もうすぐ3歳になる甥(おい)っ子のこうすけくんの話でした。手紙にはその甥っ子が、朝夕お仏壇の前でおつとめをするおじいちゃんのまねをしているうちに、とうとう「正信偈」を最後までついてくるようになったという驚きの出来事が書かれてありました。しかも読めない経本の文字を小さな指でたどりながら必死でついてくるのだそうです。またおじいちゃんのお念仏は低いダミ声。そのお念仏の声までまねをして「なまんだー」と称えるというのです。

はじめは不思議な子だなと、笑いながら手紙を読んでいましたが、よくよく話を聞いてみると、案外不思議なことではないかもしれないなと思えてきたのです。

どうやらこうすけくんはハイハイするようになってから、仏間が遊び場になっていたようで、遊んでいると朝夕おつとめするおじいちゃんがやって来る。すると嫌でもおつとめの声が聞こえてくるのです。遊びながら毎日聞いているうちに、自然とお念仏がこうすけくんの身体中にしみこんでいったのでありましょう。

おじいちゃんを通してしみこんだお念仏が、こうすけくんの小さな口から「なまんだー」というお念仏の声となって、ひびき出(い)でてくださったのです。そうなりますと、3歳になって「正信偈」が読めるようになったのも、まったく不思議なことではなかったのでした。

すべて仏のはたらき

この私もいつの頃からか「なもあみだぶつ」と称える身になりました。こうすけくんと同じように、お仏壇の前で、じいちゃんが、ばあちゃんが、お念仏していたのでありましょうか。おかげさまで、今、私にお念仏が脈々と伝わっております。

しかし、そのお念仏のもとをよくよくたずねると、阿弥陀さまがはるか遠い昔から、一瞬たりとも休むことなく、常にこの私一人をお念仏申す身に育てあげ、六道の迷いの世界から「必ず救う」とよびかけ、はたらきかけつづけてくださった〝おかげさま〟のお念仏であったのです。

いとも簡単なお念仏。私が称えているようだけど、あの甥っ子の念仏も、義父の念仏も、私の念仏も実はみな阿弥陀さまのはたらきかけによって、称えせしめられたお念仏でありました。

お念仏申す身に育てられたわれわれは、もう迷いの世界に沈みゆくむなしい人生を日々過ごしているのではなく、阿弥陀さまとともにお浄土へ生まれ往(ゆ)くむなしくない人生を日々過ごさせていただいているのであります。

今後は、阿弥陀さまよりたまわりしご恩をできるだけ無駄にしないように、お念仏の生活を心がけていきたいものです。