暗闇(くらやみ)にいるようなもの

本願寺新報 2010(平成22)年1月20日号掲載
蕚 慶典(はなふさ けいてん)(大阪・壽光寺住職)

教壇に立ってみて

カット 林 義明

「学校がなかったら暗闇の中にいるようなもんや」

みなさんは〈夜間中学〉をご存じでしょうか。全国で35校しかないのですが、夜間といっても公立の中学校です。不思議なご縁で、私が非常勤講師として教壇に立たせていただいて6年になります。生徒さんは、先の戦争のために小中学校で学べなかった方々。日本人、旧植民地出身の在日韓国朝鮮人と台湾人、そして現在では多数を占められる、旧満州に終戦とともに置き去りにされた中国残留邦人とそのご家族です。この方々に、家庭崩壊や不登校などの理由で若者がちらほら加わって、なんともバラエティに富んだ学校となっています。

さて、文字を知らない、読み書きができない、とはどういうことでしょう。冒頭の言葉は74歳の生徒、Sさんの言葉です。「朝鮮」から父親とともに渡日。父親は日雇いで働き、彼女が家事や妹たちの子守を引き受け、結局学校にはいけなかったのです。自分の子育ても終わり、やっと〈夜間中学〉にたどりつかれて、初めて鉛筆をにぎり「あいうえお」を書かれた。・・・読み書きができないことが恥ずかしい・・・だから無文字であることを隠すために近所づきあいもできない・・・。もちろん福祉や人権なども遠い話、役所にいっても申請書類が書けないのです。

おごりも卑下もなく

また、入学当時は誰とも目を合わせずいつもうつむいておられたHさん。彼女は「学校に入っていろいろ教えてもらって、私、初めて一人で町へ出たんやで」と教えてくださいました。それまでは、家事を行うのもすべておつれ合いの指示で動き、値札も読めないから買い物も二人連れであったそうです。その彼女に「学校に来て何が一番良かったですか」とお聞きしましたら「修学旅行がうれしかった」と。「なるほど旅行する機会がなかったので、珍しい風景やモノが見られて良かったんですね」と言うと、「ちがうの。生まれて初めて他人といっしょに宿泊したから、楽しくうれしかったのよ」とおっしゃられたのです。先ほどのSさんも自分と同じ境遇の仲間と出会い、何一つ隠すことなくすべてをさらけ出して無邪気に学べる、そこに人生に灯(あか)りがともったような喜びがあると言われるのです。

お二人の内なる思いを聞けたとき、「教員であるとモノ知り顔の私は何もわかっていなかった」と大きなショックを受けたのです。その人の人生に本当に寄り添わなければ、真実はわからない。と同時に、人はそのように自分のことを真実理解し支えようという存在の中でこそ、驕(おご)りもせず卑下(ひげ)もしない「人間」に育てられていくのだよ、と示された思いでした。

一味平等の世界

「無明長夜(むみょうじょうや)の灯炬(とうこ)になるぞ」とお名のりになられた阿弥陀さまは、遠くから照らし見ているような仏さまではありません。私の人生に飛び込んでこられてその痛みや悲しみを共に受けて支えようという如来さまだとお聞かせいただきます。その尊さと困難さを思うと、今さらながら頭が下がります。

〈夜間中学〉は、失った「学び」を取り戻す学校です。そのために受けた差別やそこから生まれた劣等感から解放されることを目指します。けれどそれは、文字を知って知らない人より優位に立つことではありません。それでは過去の自分を否定することになります。むしろ過去の自己をも含んである今の自分にかけがえのない価値を見出し、共に課題を越えていく「学び」でなければならないのです。そこでは、読み書きができるできないというモノサシを超えて、一味(いちみ)平等の世界が広がるのでしょう。

「南無阿弥陀仏」に遇(あ)わせていただくとは、「衆生は皆平等にわが子なり」という如来のお慈悲に遇うことです。だからこそ親鸞さまは「善悪の文字をも知らぬ人はみな まことの心なりけるを 善悪の字知り顔は おおそらごとのかたちなり」と、我々のはからう心を戒め阿弥陀さまへの帰依をすすめてくだされたのです。

あらゆる姿、境涯の存在から、生徒さん方の尊い人生の一つ一つから如来さまが立ち現われ、この私をお育てくださるのだと感謝の思いを深める毎日です。みなさんにも〈夜間中学〉に関心をもっていただき、知ろうとしてくださることを念じます。

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