「すでに道あり」

本願寺新報 2010(平成22)年2月20日号掲載
荒本 由未(あらもと ゆみ) (島根・西臨寺住職)

旅ゆくしんらんを・・・

カット 林 義明

平家物語でも有名な「盛者必衰会者定離(じょうしゃひっすいえしゃじょうり)」という言葉が示す通り、これは私たちが住む世界の道理です。盛んなる者は必ず衰え、出会った者は、いつかは必ず別れねばなりません。

小学校入学から卒業するまで、月に一度の自坊の子ども会に出席していたK君のおばあさんが、先日ご往生になりました。亡くなられたという知らせを受けてお参りしました。K君も親族のみなさんといっしょに、ご遺体の傍らに座っていました。

K君は昨年、初めての子どもに恵まれ、育児にも励む新米お父さんです。新しい家庭を持ってすぐに、ご本山からご本尊をお迎えしました。秋には初参式のご縁に遇(あ)い、おばあさん共々大変喜んでいました。そのK君が読経の後で、おばあさんが息を引き取る前の様子を話してくれました。

「祖母はたったひと月の療養で往(ゆ)きました。小さい時からかわいがってくれました。厳しいけれども優しい、懐の深い情の厚い祖母でした。亡くなる一時間前に僕に『旅ゆくしんらん』を耳元で歌ってくれと言うのです。残念ながら僕はその歌を知りません。でも、ご本尊の前にいつも置いている、子どもの時から使っているお経本にはこの歌があるだろうと思って、急いで病院から家に帰りました。それを手に取り病室に戻り、経本を開きました。でもその歌は載っていませんでした。あぁと落胆しましたが、『恩徳讃』なら知っている、空で歌えると思い直し、ずっと繰り返し歌いました。その歌を聞きながら祖母は静かに安らかに目を閉じました」

懸命に伝えようと

思い返せば昨年11月末のお取り越し報恩講には、87歳になるそのおばあさんは、参拝のみなさんの前に立ち、『旅ゆくしんらん』の歌唱指導をされました。5番までの歌詞が大きな文字で印刷されたものと、音符と歌詞がいっしょに印刷してある2枚の紙を全員に配られて、大きな声で歌われていました。みなさまに伝えよう、歌ってもらおうと懸命な姿勢でした。親鸞聖人のお姿が目の前に立ち現れるようなこの歌詞に、大いに励まされる心持ちがすると生前によく話されていました。

あらためて歌詞の1番から5番までの出だしを見てみると、「しろい小径(こみち)」「暗い夜道」「吹雪の道」「けわしい坂」「長い旅路」となっています。長短の差はあれ、人生行路において、それぞれに自分が出合っていかねばならないものです。時には暗く吹雪の道を進み、時には険しい山坂をつまずきながらも越えなければなりません。

一人じゃないから

今、子ども会に1年生の男の子が来ています。先日、本堂に入るとすぐに「今日はここまで歩いて来るのに、すごく近くに感じたよ。いつもは遠いなぁと思うのに・・・。今日はずっとおばあちゃんが付いてきてくれたから」と話してくれました。

私はその子のうれしそうな誇らしげな顔を見て、自分もうれしくなりました。そしてこれだと思ったのです。連れがある、連れがいるという心強さは、一人の心細さを払拭(ふっしょく)し、安心と明るさをもたらし、感じ方さえも変えてしまうのだなと思いました。

「南無阿弥陀仏」は「わたしがいますよ。あなたは一人ではありません。暗く寂しい道にあっても、つまずく険しい山坂にあっても、わたしがいます。さぁ元気を出して。さぁ辛(つら)くても立ち上がれ。共に乗り越えていきましょう。いつでもどこでもどんな時にも、南無阿弥陀仏とわたしをよんでください。わたしは南無阿弥陀仏となって自らを知らせていますから」という言葉です。あなたは決して一人ではない、あなたと共にわたしがいますという名告(なの)りです。

「すでに道あり」。この南無阿弥陀仏の白道(びゃくどう)はすでに私のために用意されてあります。その道を親鸞さまもお歩きになりました。「しろい小径がありました」と歌詞には表されています。そして、さきに往(ゆ)かれたおばあさんは『旅ゆくしんらん』を自ら歌いながら、また人にも教えていく中に、親鸞さまと同一のお念仏の道を歩む身の幸せを喜ばれていたのでした。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と称えながら往かれた親鸞聖人。「夕陽のような人でした」と歌は結びます。

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