わたしの大遠忌

本願寺新報 2010(平成22)年9月 1日号掲載
安部 惠証(あべ えしょう)(広島・善照寺住職)

活き活きと弾んだ顔

カット 林 義明

昭和36(1961)年、本願寺では親鸞聖人700回大遠忌法要が修行されました。法要に参拝する人たちを、自坊の山門で見送ったことを微(かす)かに覚えています。その頃に出始めた8ミリフィルムカメラを、父は得意そうに肩にかけ、皆さんと一緒に京都に向かいました。

お寺に帰ってきてから、そのフィルムに収められた本願寺の姿を、法座のたびに白いカーテンに映しては、それぞれみやげ話や自慢話に花を咲かせていました。法要に参拝した人たちの顔が活(い)き活(い)きと弾んでいるのが、とても印象的でした。

昭和30年代は、終戦後の復興が形になって現れた時期といわれています。テレビの全世帯への普及をはじめ、経済成長は10%を超え、新幹線の開業や東京オリンピック開催に象徴されるように、全国民そろって豊かな暮らしを求めて奔走しました。

しかし、私たち人間の欲望を満たしてくれる進歩・発展の陰で、過密化する都市や工業地帯では公害が問題となり、農漁村では人口流出による過疎化が表面化し始めていました。

警鐘に耳を傾ける

平成24年1月16日は親鸞聖人の750回忌。その前年の4月からこのご正当(しょうとう)にかけて、本願寺で親鸞聖人750回大遠忌法要が修行されます。

聖人は「弥陀(みだ)の五劫思惟(ごこうしゆい)の願をよくよく案(あん)ずれば、ひとへに親鸞一人(いちにん)がためなり」(同853ページ)と、この私一人の存在意義と尊厳を示されるとともに、「『十方衆生(じっぽうしゅじょう)』といふは、十方のよろづの衆生なり、すなはちわれらなり」(同657ページ)と、いのちあるすべての存在が等しく救われてゆく大乗仏教の究極をお諭しになられました。私一人の存在は、すべての存在と切り離すことはできないのです。我欲が肯定される競争社会の原理とは相容(あいい)れない聖人のみ教えの世界です。

私たちは、誰もがやっていることだからと、社会や自分の悪業に鈍感になり、自らの欲望のおもむくままに心身の満足を求めて暮らしています。それでは聖人の思いから遠のいているのではないでしょうか。そんな私たちに今、警鐘が鳴らされているようです。そんな鐘の音に敏感でありたいと思う今日この頃です。

目前に迫った親鸞聖人の大遠忌法要。聖人の思いからはずれることなく、少しでも近づけるよう自らを律していきたいと思います。それには、逃れることのできないこの現実の苦しみと向き合っていく以外にはないと思います。

閉塞感に包まれる時だからこそ、念仏とともに力強く生き抜く姿を共に示していきたいと思います。

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