無縁の慈悲

本願寺新報 2011(平成23)年5月10日号掲載
巣山 一哉(すやま いっさい)(富山・圓福寺住職)

うなずけない言葉

カット 林 義明

いきなりお国自慢で恐縮ですが、私の住む富山は「いい所」です。立山連峰は四季を通じて雄大な姿を見せ、世界遺産の五箇山合掌集落、おわら風の盆、さらに富山湾から恵まれる、ブリやホタルイカなどの海の幸、もちろんコシヒカリもおいしい。本当に富山は「いい所」なのです。

けれども、今まで何度か「そうだよね」と、素直にうなずけないことがありました。

例えば阪神大震災のとき、あるいは近年の大型台風上陸の折、「ごんげはん(住職さん)富山ちゃ地震もないし、台風も来んし、本当にいい所やちゃ」という言葉を聞いたときでした。そして今回の東日本大震災でも、私が山形出身であることをご存知の方々が、私の実家のことや両親のことを心配してくださって、「ごんげはん、山形のお父さんとお母さんはご無事でしたか?お家の方は大丈夫ですか?」と、たくさん温かい言葉をかけていただきました。その上、被災した東北の人々のことを気づかって「何といとしや(かわいそうな)」と心を痛めておられました。ところがその後に、「ごんげはん、やっぱり富山ちゃいい所やちゃ」とおっしゃるのです。同じ言葉でありながら、冒頭の「いい所」とはちょっと違います。やはり素直にうなずけません。

実際、仙台で暮らす息子さんが被災したご門徒がおられますが、命に別状はなかったものの、ご両親にしてみれば息子さんやそのお連れ合い、かわいいお孫さんのことを思って夜も寝られなかったに違いありません。その場で「富山ちゃいい所」と言えるでしょうか。

震災の後、東京に住む私の娘から、スーパーに食べ物が無くなったから何か送ってくれという電話がありました。日本で一番物があふれる所でそんな馬鹿なと信じられませんでしたが、本当でした。テレビでは、食品の無くなったスーパーの棚を映していました。別の画面では卵のパックやお米の袋をいくつも買い求めている人がいます。

あれまあと思いつつ私は娘に言われるがまま、ダンボールにカップ麺やレトルト食品を詰め込みました。娘は計画停電に備えて懐中電灯も送れというので、ホームセンターに行くと、どこも売り切れでした。富山も一緒だったというわけです。そんな私自身、実家の両親や弟家族が無事だとわかったときは、ほっとした瞬間、岩手、宮城や福島のことを忘れていました。

そばにいるだけで・・・

大震災以降、「幸せとは何だろう」という問いが私の頭から離れません。もちろん一人一人の幸せの価値観は異なります。ただ、人はどんなにささやかなことでも、一緒に喜んでくれる仲間がいるときに幸せだと感じるのではないでしょうか。阪神大震災で被災したある医師は「誰かがそばにいてくれるだけでいい」と語っておられます。

以前、子ども会でこんな話をしました。

「ここに一個のおまんじゅうがあります。Aさんは一人でこっそり食べました。Bさんはみんなで分け合って食べました。

さてどっちがおいしいでしょうか?

確かに一人あたりのおまんじゅうは少なくなったかもしれませんが、こそこそ隠れて食べるより、みんなと一緒に『おいしかったね』と言い合える方が、きっとおいしいよね」

どこまでも自己中心的で、自分の欲望を満たすためには、平気で人をだましたり傷つけたり(そういえば被災したお宅に泥棒に入ったり、学生が集めた義援金を脅し取った人がいました)しかねない私たちですが、そのような私たちだからこそ放(ほ)ってはおけない、と立ち上がってくださった阿弥陀さまでした。

「無縁の慈悲」という言葉があります。辞書によれば、「仏の慈悲は平等で、差別がなく、なんら関係のないものにもそそがれる」とあります。

つまり縁もゆかりもないものもたすけずにはおかないという無条件の救いです。今はやりの「無縁社会」とは対極の言葉です。

それに引きかえ私たちは、どうしても自分と、自分に関係のあるものから優先的に考えてしまいますが、お念仏の教えを聞かせていただく中から、共に生かされ共に歩む人生を送りたいと思います。

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