大いなる慈悲

本願寺新報 2011(平成23)年10月10日号掲載
清水 正宣(しみず しょうせん)(布教使)

私が仏に成る教え

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カット 林 義明

親鸞聖人は90年の長い苦難の人生を過ごされました。そのご生涯の中で、私は特別大切な出来事が二つあると思います。

その一つは、比叡山での修行をすてて山を下りられたこと。

もう一つは、妻子とともに家庭生活を送られたことです。

比叡山での修行をすてて山を下りられたことについて、聖人ご自身が「雑行(ぞうぎょう)を棄(す)てて本願に帰す」(註釈版聖典472ページ)と主著『教行信証』に記されています。

これは自分の修行によって仏さまになるという道をすてて、阿弥陀如来の大慈悲によって救われていく道を選ばれたということです。雑行とは自力、本願によって救われる道は他力といいます。

出家して、一人黙々と修行する道では救われず、家庭生活を送り、複雑な人間関係の中で親類縁者、すべての人々とともに救われる道に出あわれたのです。

さて、「仏教」とは、お釈迦さまの教えを実践して私が仏さまになる教えですが、親鸞聖人のみ教えを通して、私は次の三項目に分けて味わっています。

 一、 お釈迦さまという仏さまによる教え。

 二、 その内容は阿弥陀如来と名のられる仏さまのお慈悲よって救われる教え。

 三、 それは、この私が救われ仏になる教え。

阿弥陀さまのお慈悲は「大慈悲」と呼ばれ、すべての苦悩の人々を余すことなくお救いくださるはたらきです。そのお慈悲が、この世界に満ちあふれてはたらいてくださっていることをお釈迦さまがさとり、み教えを説かれたのです。

そして親鸞聖人は、一人で修行しても救われない私たち凡夫が家庭生活を送りながら、複雑にもつれた社会の中で、そこに生きるすべての人々がお慈悲のはたらきに出あって救われるという真実のみ教えを明らかにして、私たちに開いてくださったのです。

やさしかった祖母

私は小学生の頃、脚(あし)が痛む病気で長年苦しみました。当時、お医者さんの診断は「小児座骨神経痛」でした。遠足や運動会の日には、午後になると毎回脚が痛くなって、泣きながら家に帰りました。痛みをかかえて帰った夜は、いつも祖母が朝方までずっと、私の脚を撫(な)でてくれました。

「目の中に入れても痛くないっていう孫だけれど、痛みは取ってやれない。代わってやれない」と言って、祖母は嘆いていました。

「おばあちゃんが死ぬ時は、この痛いのを持っていってやるからね」と言いながら、私の脚から痛みをすくい取る仕草をして、自分の脚にすり込んでいました。

そのずっと後のこと、私の脚の痛みは神経痛などではなくて、重度の骨髄炎だったことがわかりましたが...。

かわいいかわいい孫だから、朝まで撫でてやれる。でも、痛みは代わってやれない。

人間の慈悲、慈愛には限界があるのです。人間の慈悲を「小慈悲」といいます。それに対して、阿弥陀如来のお慈悲は「大慈悲」です。

すべての人々を幸せにしなくてはいられない。すべての人々が幸せになったとき、「ああ、うれしい。これで私も幸せになれた」と言われるのが仏さまなのです。

祖母は60年前に亡くなりましたが、いまはお浄土から私の脚の痛みがなくなっているのを眺めて、「ああ、うれしい」とよろこんでくれていることでしょう。

目には見えないけれど、多くの慈愛と慈悲によって、私たちは生かされ守られてきました。そんな私たちは「小慈悲」であっても、真実のみ教えに出あえたよろこびから、精いっぱい報恩感謝の営みに努めさせていただき、この世の縁が尽きてお浄土で仏さまになったときには、すぐにこの世に還(かえ)ってきて「大慈悲」を実践することができるのです。

親鸞聖人はそのことをよろこばれました。そしてそのみ教えが永遠に伝えられていくことを願われました。

お念仏のみ教えを伝えてまいりましょう。

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