花びらは散っても・・・

本願寺新報 2012(平成24)年4月20日号掲載
鎌田 宗雲(かまだ そううん)(中央仏教学院講師)

蓮如上人のお導き

カット 林 義明

いつも私がお育ていただいているお聖教(しょうぎょう)に『蓮如上人御一代記聞書(ききがき)』があります。

その198条に、年下の蓮如上人を生涯慕いながら、お念仏をよろこんだ道西(どうさい)(のちに改名して善従(ぜんじゅう))のことが記されています。

「ある人、善従の宿所(しゅくしょ)へ行き候(そうろ)ふところに、履(くつ)をも脱ぎ候はぬに、仏法のこと申しかけられ候ふ・・・・・・履をさへぬがれ候はぬに、いそぎかやうにはなにとて仰せ候ふぞと、人申しければ、善従申され候ふは、出(い)づる息は入(い)るをまたぬ浮世なり、もし履をぬがれぬまに死去(しきょ)候はば、いかが候ふべきと申され候ふ。ただ仏法のことをば、さし急ぎ申すべきのよし仰(おお)せられ候ふ」
(註釈版聖典・1294ページ)

お同行(どうぎょう)が善従の道場に来た時のことです。その人が履(は)き物をぬぎ終わらないのに、善従はお念仏の話をはじめました。

するとその人は、まあまあ、そんなに急がれずとも後でお話しましょう、と言いました。

すると善従は、お釈迦さまが吐(は)く息は吸うをまたぬ無常の命と言われているではありませんか。もし履き物をぬぎ終わらないうちに死んだらどうしますか、と厳しく言われたのでした。

これは、何よりも仏法のことは急がねばならないことを伝えているのですね。

私の命は風前の灯火のようなものです。だから、大事なことは何をさておいても急がねばなりません。

私のよき人の仰せ

また、同じ『聞書』の48条には、蓮如上人から法敬(ほうきょう)と順誓(じゅんぜい)の二つの法名をいただいた法敬坊の話があります。

「法敬坊九十まで存命(ぞんめい)候ふ。この歳(とし)まで聴聞(ちょうもん)申し候へども、これまでと存知(ぞんじ)たることなし、あきたりもなきことなりと申され候ふ」(同・1248ページ)

これは「お念仏の教えを何度聞いても、聞けば聞くほど尊くありがたい。知らされれば知らされるほどもったいない阿弥陀さまのお慈悲であります」と、死の直前までお念仏をよろこんでいたことを伝えていると味わっております。

これは、花びらは散っても・・・日々を過ごす私たち凡夫の姿であり、それはそのまま救われていく者の姿でもあることをお示しくださったものと受け止めたいと思います。

蓮如上人のお弟子の法敬坊や善従などがお念仏に生きる姿をいきいきと伝えている『聞書』ですが、このような信仰をもてたのは、お念仏のおいわれを伝え導いてくださった蓮如上人に巡り会えたからです。人生のよろこびはよき師、よき同行との出会いからはじまります。まさに池山栄吉先生が詠(うた)われた、

よき人の仰せにききてみ名を呼べば喚(よ)ばはせたまふみ声きこえぬ

の心です。

私自身も、巡り会った先生方の言葉と生きざまが、今の私を支えています。その一つが、今年13回忌の村上速水先生の晩年のお言葉です。

「病気をして嬉(うれ)しいとは思わないが、有り難いと思うようになった。・・・・・・私の場合は、そのよろこびの心境を味わうのに、六、七年の年月が必要であった。ご法義のよろこびもまた、長い間かかって純熟(じゅんじゅく)するものであり、その代わりに、いつまでも決して消えぬ喜びであるように思われる」(「大乗」昭和60年1月号)という、その澄み切ったよろこびの言葉です。

この言葉に私は、ずいぶんと心が癒されてきました。愚鈍な私も長い時間をかけて求道(ぐどう)していれば、いつしかみ仏が私を喚(よ)びたまう声が聞こえてくる・・・。

京都の浄住寺にある池山先生の名号碑(ひ)の裏には、「オネガイダカラスグキテオクレヨ」と書かれていますが、この仏の願いとみ声が私に聞こえてくるのですね・・・と心に響いてくるのです。

また、今年3回忌の浅井成海先生のおかげで、私は浄土真宗のありがたさを素直によろこべるようになりました。

昨年、先生のお寺にお参りした時に、坊守さまが「ご門徒の皆さんが、お寺の前を通るたびに、阿弥陀さまと前住職に手を合わせてくださっているのですよ」と何気なく言われたのが心に残っています。

思わず、金子大栄先生の「花びらは散っても花は散らない。形は滅(ほろ)びても人は死なぬ」の言葉を思い出しました。

お念仏のご縁のあった方々は仏となって、今の私を導いてくださっているのですね。

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