いのちの輝き

本願寺新報 2012(平成24)年7月 1日号掲載
井上 慶永(いのうえ けいえい)(新潟・妙光寺住職)

日本産か中国産か?

カット 林 義明

今年の春は、野生放鳥されたトキ(朱鷺)の卵からヒナが誕生したというニュースがありました。

「ニッポニア・ニッポン」という学名を持つトキ。19世紀までは東アジアに広く生息し、よく見かける鳥だったようですが、20世紀には乱獲や開発による環境変化によって激減したようです。日本の自然界で絶滅状態に陥る中、佐渡にあるトキ保護センターで少しずつヒナの数を増やし、数年前からは野生復帰をめざして放鳥を重ねてきました。

4月22日には、野生下でのヒナの誕生が確認され、5月下旬には7羽のヒナが順調に巣立ちを始めました。私はこのニュースを聞きながら、十数年前の出来事を思い出しました。

それは、蓮如上人500回遠忌法要が本山で厳修された翌年、1999年春のことです。

既にこの時点で、日本における野生のトキは0羽、トキ保護センターでも1羽のみとなっており、日本のトキによる人工ふ化は不可能となっていました。そのため、中国からトキのペアを譲り受けて、このペアによる人工繁殖がトキ保護センターで行われていました。そして、この年の5月21日に、1羽のヒナが誕生したのです。

このニュースは日本中を駆け巡りました。ところがヒナの誕生が一つの論争を生み出したのでした。

それは「このヒナは日本のトキか?中国のトキか?」というものです。

「両親は日本へ贈呈されたものだし、佐渡で生まれたのだから日本のトキだ。日本のトキ絶滅は避けられたのだ!」

という意見と、

「たとえ佐渡で生まれようと、もともと両親とも中国産のトキなんだから、生まれたトキも中国のトキだ。日本のトキはもう絶滅するのだ!」

という意見の対立です。

私自身は後者の意見に賛同していたので、ヒナ誕生のニュースが流れても醒(さ)めた目で見ていました。

そんな時、長年トキの保護に尽力されていた方が、この論争についてインタビューに答えておられるのを見ました。

「トキには日本も中国もありません。国境は人間が作ったものです。人間によって絶滅の危機に追い込まれたトキの"新たないのちの誕生"を、どうして素直に喜べないのですか・・・」

このコメントを聞いて、とても自分が恥ずかしくなりました。トキの"新たないのちの誕生"を見ているつもりだったのですが、結局は日本か、中国か、ということに執着している自分自身の姿が照らし出されたのでした。

決して見捨てない

浄土真宗は、阿弥陀如来のはたらきによって救われると説きます。そのはたらきは光となって届くと示されています。いつでもどこでも、決して私を見捨てず、護り育ててくださる光です。

それだけではありません。光には、私の本当の姿を照らし出すというはたらきもあります。

阿弥陀如来の光は、自ら認めたくないほどの、情けなく恥ずかしい私の姿を知らしめながらも、その私を決して見捨てないというはたらきです。そのはたらきが依りどころとなり、私の歩むべき方向を示してくださるのです。

私は、「新たないのちの誕生をどうして素直に喜べないのですか」というコメントによって、いのちの価値を自分の都合でしか見ていなかった己(おのれ)の姿を知らされました。

このコメントは、私にとって阿弥陀如来のはたらきのようにも思えます。阿弥陀如来は、私の自己中心性を知らしめた上で「仕方ないよね。いいよいいよ」と甘やかす仏さまではありません。でも、「もう、おまえはダメだ」と切り捨てる仏さまでもないのです。阿弥陀如来は「おまえのことがほっとけないんだ」と、私とずっと一緒にいてくださる仏さまです。

あれから10年以上経ちましたが、トキのニュースを聞くたびに、わが身を振り返らされています。ついつい自分勝手な価値観でいのちを見ている私に、「本当のいのちの輝き」を教えてくれるのです。

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