お慈悲のぬくもり

本願寺新報 2012(平成24)年10月20日号掲載
能美 潤史(のうみ じゅんし)(本願寺派総合研究所研究助手)

豆腐が好きだった?

カット 林 義明

先日、ご門徒のお宅へ法事でお参りした時のことです。その日は、亡くなられたお母さんの13回忌でした。おつとめや法話が終わり、仕出し屋さんから届けられたお斎(とき)を皆さんと一緒にいただいておりました。すると、そのお料理とは別に、ひと切れの豆腐が出てきました。

お斎の際、このようなかたちで豆腐を出していただいたのは初めてでしたので、私は息子さんに、「亡くなられたお母さんは、お豆腐がお好きだったのですか」と尋ねました。

すると息子さんは、「いや、そういうわけではないんですが、豆腐には母に関する特別な思い出があるんです・・・」とおっしゃりながら、次のようなお話をしてくださいました。

息子さんとお母さんは二人暮らしで、息子さんがまだ小さい頃、学校から帰るといつもお母さんからお使いをたのまれていたそうです。

そのお使いとは、近所の豆腐屋さんに置いてあった「おから」をもらってくるというものでした。息子さんはほぼ毎日、その豆腐屋さんにおからをもらいに行ったそうです。

そんなある日、いつものようにおからをもらいに行くと、豆腐屋のご主人が「ぼくちゃん、いつもお使いご苦労さま。でもね、お母さんにたまには豆腐も買ってくださいと言っておいてね」と言われたそうです。

そう言われた息子さんは、家に帰るとすぐにそのことをお母さんに伝えました。すると、それを聞いたお母さんは、そのまま静かに泣いていたそうです。

お母さんは、子どもに思うように食べさせてやれないつらさに涙を流されたのでした。

息子さんは、お母さんが亡くなって以後、折にふれてこのことを思い出しては、あの時お母さんはどんなにつらい思いをしたのだろうかと涙し、お母さんが日々畑で泥にまみれ、虫に刺されながらも、一生懸命自分を育ててくれたことに、言葉に尽くせないほど感謝しておられるそうです。

「死ぬ」でなく「往く」

そんなお母さんが生前、よく独り言のように言っておられた言葉があったそうです。

「親さまは私を抱いて決して捨てることがない。それは親さまなればこそ、親さまなればこそ・・・」

私の地域は、昔から「安芸門徒」と呼ばれ、現在でも信仰の篤い方々が多くおられる土地柄で、特に年配の方は阿弥陀さまを「親さま」と呼んでおられます。こちらのお宅のお母さんも、お寺やお講でいつも熱心にお聴聞をしておられたそうです。

そのお母さんが料理をする時も畑を耕す時も、「親さまなればこそ・・・、親さまなればこそ・・・」とつぶやいてはお念仏しておられた姿を、息子さんはいつも見ておられたといいます。

現在、息子さんはお母さんがそうであったように、お聴聞のご縁を大切にされ、お念仏を味わう生活をしておられます。

親鸞聖人はご和讃に、

十方微塵世界(じっぽうみじんせかい)の
念仏の衆生(しゅじょう)をみそなはし
摂取(せっしゅ)して捨てざれば
阿弥陀となづけたてまつる
(註釈版聖典571ページ)

とお示しくださっています。

こちらのお宅のお母さんは、毎日一生懸命、畑を耕しながら、そして、時に子どもに思うように食べさせてやれないことに涙しながらも、自らを抱きとって決して捨てることなく大悲のまなざしをそそいでくださっている親さまの、そのお慈悲のぬくもりを感じ、お念仏を依りどころとして生きていかれたのでした。

そのお母さんが亡くなられる前に最後におっしゃった言葉が、「お母ちゃんは死ぬんじゃないんで、往(ゆ)かせてもらうんで(お浄土にまいらせてもらうんだよ)」というものだったそうです。

涙ながらに話をしてくださる息子さんと共に、ご法義の深い味わいの中に生きていかれたお母さんの姿を偲ばせていただきました。

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