人から人へ・・・いま私に

本願寺新報 2012(平成24)年11月 1日号掲載
白川 義孝(しらかわ ぎこう)(福岡・正善寺住職)

前途に浄土あり

カット 林 義明

太陽と水、万物を育む大地・・・。そして、今、お念仏の日暮らしを恵まれていることのありがたさ・・・。加えて、成熟社会・超高齢化時代に生きる仕合わせを思います。

中学時代の同級生Sさんのお母さんは、今年98歳。息子のSさんは福岡市内に居を構えていますので、週に一度は100キロ離れた故郷へ母親に会うために帰って来られます。茨城県に住む同級生のKさんのお母さんは94歳。そして、私の母が97歳になります。私たちは、そんな社会に生きているのです。

古希(こき)(70歳)を過ぎてから、同窓会などで時折、「80歳までいのちがほしいものだ」などという話もします。そんな夏のある日、Sさん、Kさんと3人で本願寺のお朝事にお参りしました。

その時、仏縁が熟したのでしょう。お二人は仏弟子として生き抜くことを尊前に誓う帰敬式(ききょうしき)(おかみそり)を受け、法名(ほうみょう)をいただかれました。そして、「このいのちがどこで終わっても、お浄土がある」との悦(よろこ)びを共にしました。

お念仏の日暮らしは、み仏さまが私と共に生きてくださっているという、法悦(ほうえつ)の世界です。ですから浄土真宗の家庭では、人が亡くなることを「死」ではなく「往生」といいます。お浄土に生まれて仏となることを意味します。

親鸞聖人がお勧めくださったみ教えは、世間でいう「死は人生の終わり」ではなく、お浄土(無量寿(むりょうじゅ)・無量光(むりょうこう)の世界)に生まれて仏になるという、阿弥陀如来さまのお救いのご法義です。

そのことを「生死(しょうじ)を超える」ともいいます。「前途にお浄土あり」と、お念仏の大道を歩ませていただくのです。そのみ教えが人から人へと伝えられ、今、ここに私のお念仏の生活があるのです。

頼みもしないのに

この春にいただいた一通のお便りがあります。

「春本番、ここ和歌山は桜が散り、毎日暖かくなりました。

今日は、浄土真宗についてお伺いいたしたく、お手紙を出しました。

先日、私の先祖のお骨が分骨されている京都の西大谷(大谷本廟)にお参りしました。私も定年から早9年が過ぎ、その時に、自分の死のことを考えました。

私の家には、結婚の時に母がプレゼントしてくれたお仏壇があります。学生時代には、母に連れられて京都の本願寺にお参りし、その時に帰敬式を受け、法名もいただきました。その時にいただいたのは『釈泰然』という法名でした・・・」と綴(つづ)られていました。

その方のお母さんは生前に、『み仏に抱かれて?お浄土へ』という小冊子に、「ご縁のつながるご一同さまへ」と題して、「愚かな母が念をこめて書き遺(のこ)す」という一文を遺言として記され、91歳で往生されました。

その中に、

 頼みも願いもせぬのに
 私の生まれたのが人間だった。
 頼みも願いもせぬのに
 私の生まれた所が日本だった。
 頼みも願いもせぬのに
 私の住む所が田川(福岡)
 だった。
 頼みも願いもせぬのに
 私の生まれた家が浄土真宗だった。

とありました。

み仏さまのお育てを悦ばれたご生涯が偲ばれます。

「遠(とお)く宿縁(しゅくえん)をよろこべ」という、親鸞聖人のお言葉が心に響きます。

今年は、このお母さんの17回忌のご法要をおつとめしました。

晩年まで、お寺のご法座には車いすを持参され、息子さんが夫婦同伴で片道40キロの道のりを通われました。

そして、最晩年にはお寺参りもできなくなりましたが、それからというものは、「行く先は大丈夫ですね・・・、お浄土ですよ」と家族に話しかけられ、いつもお念仏を称えられていたといいます。

お念仏の故郷に生かされる仕合わせです。

今、ここに「いのち」あり、お念仏あり。そして、前途にお浄土あり・・・・・・。

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