ふすま越しのお念仏

本願寺新報 2013(平成25)年9月10日号掲載
中川 大城(なかがわ おおき)(布教使)

声をふるわせて・・・

カット 林 義明

私が僧侶となったのは、高校2年生の時でした。当時から、日々のご門徒宅のお参りでは『仏説阿弥陀経』をおつとめしていました。漢文で書かれたお経(きょう)は、高校生の私には難しい言葉ばかりで、おつとめはシドロモドロ。なので、留守宅に一人でお参りする時はホッとしました。反対に、ご家族が後ろに座ってお参りされるとひどく緊張するのです。間違ったらどうしよう、そんな思いで、声を震わせておつとめをしていました。

あるお家に、おばあさんがおられました。お歳は98歳。長年お寺へお参りされていたこともあり、後ろに座って一緒におつとめをされます。その声の大きいこと素晴らしいこと。私はおつとめに自信がないので、だんだん声が小さくなっていきます。逆におばあさんの声はどんどん大きくなります。これが本当につらかったのです。

こんな調子で毎月のお参りにうかがっていましたが、どういう心境の変化でしょうか、そのうちにおばあさんと一緒におつとめするのが楽しみになってきたのです。ある日、今日もお会いできると思ってうかがうと、おばあさんの姿が見えません。畑にでも行っておられるのかなと思いながら、おつとめを済ませて帰りました。しかし翌月もその次の月も、お家におられる様子がないのです。そこでご家族にお聞きすると、「いやあ、実は体調が悪くて入院していまして・・・」とのこと。「そうですか、ちっとも知りませんでした。くれぐれもお大事にとお伝えください」と申し上げました。

それからの月参(つきまい)りはとても寂しく感じました。一人でおつとめするほうが気楽だ、と思っていたのが嘘のようでした。そしてしばらく月日が経ったある日のこと、お仏壇で手をあわせお念仏を称えていると、どこからか声が聞こえてくるのです。もう一度私がお念仏を称えると「なんまんだ~ぶ、なまんだぶつ」と、ふすま越しにお念仏の声が聞こえてくるではありませんか。それはおばあさんの声でした。「退院されたんだ!」と思うとうれしくなりました。

「仏説阿弥陀経~如是我聞(にょぜがもん)~一時仏在(いちじぶつざい)・・・」とおつとめしますと、隣の部屋からもおつとめの声が聞こえてきます。よろこびに満ちた、声の弾むようなおつとめでした。

〝思い出〟などでなく

おつとめの後、「少しお会いしたいのですが」と声をかけ、ベッドで横になっていたおばあさんと久しぶりに対面しました。「よく戻ってくださいましたね」と声をかけると、私に手を差し出されるのです。思わずその手を両手でギュッと握りました。なんとあたたかい手でしょうか。でも、とても硬い手でした。その手に今までのご苦労を感じました。

この手は長い間、土をさわってこられた手、家族を養ってこられた手なんですね。戦争中の物のない時代、言えない苦労もあったでしょう。人生そのものが伝わってくるようでした。「この手は人を幸せにしてきた手なんだ」と、そう思いました。するとおばあさんは、目にいっぱいの涙を浮かべて「ありがたいねぇ、うれしいねぇ」とおっしゃったのです。忘れられない一言になりました。それからしばらく後に、おばあさんはご往生になりました。

あの年齢での入院は、さぞ心細かったことでしょう。家には戻れないのではという不安もあったに違いありません。そんなおばあさんにとって、何がありがたく、何がうれしかったのか。それは、いつでもどこでも阿弥陀さまとご一緒だったということではないかと思うのです。

ふすま越しに聞こえてきたお念仏が忘れられません。もう一緒におつとめできないと思うと寂しい気持ちでいっぱいになります。ふすま越しに声が聞こえてくるような気さえします。でも、私の心には確かに響いてくるのです。あのお念仏の声がずっと残っているのです。これは、単なる思い出ではないような気がします。阿弥陀さまのおはたらきの中に、私を喚(よ)ぶ声ではないかと思うようになりました。

「なんまんだぶつ、いつも一緒にいるよ」。いつどこで、どのように命終えたとしても、お浄土へ往(ゆ)くことが定まっているのです。そのお約束を今いただいているということが、老いに向き合っても、病の床にあっても、ありがたく、うれしく生き抜けるんだよ、と私に伝えてくださった尊いご縁となりました。

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