〝グチコレ〟

本願寺新報 2014(平成26)年3月20日号掲載
吾勝 常行(あかつ つねゆき)(龍谷大学教授)

マスコミも注目

カット 林 義明

 「あなたのグチを聞かせてください」

 しんしんと底冷えのする京都の街角で今、街ゆく人々のグチを無料で聞き続ける学生たちがいます。グチコレクション(愚痴の収集)、略して〝グチコレ〟と名付けられたこの活動。場所は主に京都タワー前で、週1回程度、不定期に行われます。

 彼らは「愚痴 集めています」などのプラカードを持って座り込み、家路を急ぐ人たちや観光客に呼びかけるグチコレクターです。メンバーは宗門校に所属する有志20人ほどで、龍谷大学大学院実践真宗学研究科の藤原邦洋(ふじはらくにひろ)さんが代表を務めています。

 2012年11月に始めたこの活動ですが、活動回数75回分で来談者総数は約1000人、収集したグチ数は2500グチを超える実績を持ちます。1回あたり13人ほどの来談、1人あたり2・6グチを傾聴したことになります。こうした活動の積み重ねにより、テレビ、新聞、ラジオ、雑誌などさまざまなメディアでも注目されるようになりました。最近ではNHKでも報道され、海外ニュースとしても発信されました。

 「悩み多き現代人には、ためこんだ愚痴をこぼす場所が必要なのかもしれない」と藤原さんは言います。「愚痴といえば悪口や弱音などネガティブに捉えられがちですが、僕たちは愚痴を本音と向き合うポジティブなことだと捉え、気軽に愚痴を言える社会を作っていきたい」と熱く語る彼の言葉に、私は驚かされました。愚痴を本音と向き合うポジティブなことと捉える発想は、私にはなかったからです。

 「あなたのグチを聞かせてください」というキャッチフレーズは、このように柔軟な発想から生まれた言葉だったのです。

 ですから、彼らの活動は路上で傾聴するだけではありません。グチコレで集められたグチたちを、本願寺が運営する「他力本願ネット」で公開し、多くの人々が見ることのできるものにしています。それは他人のグチを見て共感するだけでも、少し気持ちが楽になることもあるのではないかという考え方に基づいています。もちろん個人情報の保護(守秘義務の順守)は言うまでもありません。

 「最近、愚痴が言えてない」「一人で飲んで解決している」「(就職活動で)将来、進路が決まるか不安」など、実際にグチを聞いてもらった人たちは、知らない人のほうが話しやすい、スッキリしたと言います。

願われていたいいのち

 グチコレでは、気持ちよくグチってもらうために大事にしていることがあります。

 ①共感的な態度で聞く、②意見してグチを遮(さえぎ)らない、③聞いたグチを関わりのある人に言わない、の三つです。

 これは〝グチる〟ことで自分の本音に向き合う人を尊重する姿勢です。つまり、相手が自分の本音に向き合おうとする時間の流れを見守ることで、何かに気付いてもらいたいというグチコレの積極的な願いであり、「待つ」「許す」という、いわば支える姿勢だと私は理解しています。

 さらに、自分たちが龍谷大学の学生であり、本願寺派の僧侶であることを事前に相手に伝えることも、安心してもらえる要素のようです。

 「聞く」ということは、積極的な願いである。このことについて、お味わいさせていただくことがあります。それは親鸞聖人が「聴聞」の聴の字に、「ユルサレテキク」(註釈版聖典145ページ)と註釈を施されていることです。

 私たちは、お念仏のこころを聞かせていただく中に、阿弥陀さまに願われていた〝いのち〟であることにめざめさせていただきます。私の愚痴が許され、私の言葉を沈黙のうちに待っていてくださった大悲のこころがあることを知らせていただきます。

 知らせていただくがゆえに、ともに聞き、ともに語り合える、お念仏の仲間がおられることにあらためて気付かされるのです。グチコレの活動を知るにつれ、私はこのことを何度も何度もお味わいさせていただきます。

 「僕たちは未熟ですが、グチに耳を傾け、少しでも寄り添うことで人々に〝決して一人ではない〟ということを伝えたい」という彼らの言葉が深く心に響きました。

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