〝救い〟ってなに

本願寺新報 2014(平成26)年4月 1日号掲載
本多 靜芳(ほんだ しずよし)(東洋大学非常勤講師)

変えられないことも

変えられないことも

カット 林 義明

人間の苦しみ悩みの解決を求めたお釈迦さまが、求道(ぐどう)の末に開いた「さとり」から始まるのが仏教です。ですから、この世界と人間の具体的な苦悩の現実から、自分自身のさまざまな問いを元にして、その問題解決の道を経典(きょうてん)に尋ねる、という営みが仏教です。

さて、人生の不安や苦悩のしくみ(構造)は、自分の思い(自我)と、経験している出来事(事実)がずれることで生まれます。それなら、これらが一致するようになれば、不安や苦悩はなくなります。そのためには、二通りの方法が考えられます。

一つは、出来事を自分の思いに合わせるように変化させることです。病気ならば、治療を受け、健康な身体に変えることです。人間は、こうした努力で文化や社会を発展させてきました。

もう一つは、出来事が変えられないなら、事実をありのままに受けとめられるよう、自分の思いを改め変えることです。

人生を生きるとき、思い通りにならない事実を少しでも変えて、お互いが暮らしやすい平和で平等な生活、そして、争いや差別のない社会をつくっていくことは、とても重要です。

しかし、人生の出来事には、どうしても変えられないことがあります。それをお釈迦さまは、生老病死(しょうろうびょうし)、さらに、愛別離苦(あいべつりく)などといわれ、そこから真実の生き方を示されています。

ねてもさめても

私は小学校1年で曾祖母(そうそぼ)(ひいおばあさん)が、2年で祖母が、3年で母方の伯父(おじ)が、そして、4年で父が死にました。いずれも、自宅で亡くなっています。その頃、夜、布団に入ると天井を見ながら、似ているようだけど少しずつ違う板の模様に、一人ひとりの人間の生きざまや自分の死にざまを考える少年期を送りました。その頃の家は残っていませんが、あの部屋で父は、祖母は死んだという思い出の中に、その死はあります。

1977年、自宅で亡くなる人の数より病院で亡くなる人の数が上回りました。今では9割を超える人が、医療関係の施設で亡くなって、自宅で看(み)とることは希(まれ)です。また、葬式も自宅ですることが珍しくなり、現代の生活環境は、死を考えるものではなくなってきています。

以前、子どもを葬式に連れて行かない若い親がいると聞きました。そういう不吉な姿を子どもに見せたくないということでした。すると、こういう方は、自分が死んでも、子どもには来るなということになるのでしょうか。

都内の坊守さんが、近くのレストランの経営者に、法事のお斎(とき)(食事)を希望する門徒さんの話をすると、断られたそうです。黒い服を着ている人が出入りすると、他の客に対してエンギが悪いということでした。

エンギがどうであろうと、子どもにも、死というものを見つめさせ、自覚させることがないと、生きていることの尊さ不思議さ、いのちの有り難さが、だんだん感じられなくなるのではないでしょうか。

浄土真宗では、座禅などの出家者の行(ぎょう)は勧(すす)めません。ただ、お念仏を日常生活の中で、称(とな)えなさいと勧めます。

 弥陀大悲(みだだいひ)の誓願(せいがん)を
 ふかく信ぜんひとはみな
 ねてもさめてもへだてなく南無阿弥陀仏をとなふべし
 (註釈版聖典609ページ)

阿弥陀仏の教えに出遇(であ)い、その本願の勧めるお念仏を生活習慣として称えていくならば、そこに新しく浄土真宗らしい人格が育てられていきます。

苦しいときにも、いつもアミダさまが一緒にいてくださる。今日のいのち、この巡り合わせをかけがえのない尊いことだったと受けとめられるような人格主体が生まれていきます。それを「お育てにあう」と私は受けとめています。これこそ、事実をありのままに受けとめられるような人格が育てられることだと思います。

「三度の飯がおいしいときに仏法は聞くものだ」と聞いたことがあります。

お念仏を称え、親鸞聖人のまことの浄土真宗を通して、阿弥陀仏の教え、お釈迦さまの教えを大切に生きていきたいと思うことです。

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