ご門徒と共に

本願寺新報 2014(平成26)年6月 1日号掲載
河野 雅樹(こうの まさき)(岐阜・大願寺衆徒)

気持ちだけがカラ回り

カット 林 義明

私たちの日々の暮らしには、いろんな人間関係があり、仲間がいます。職場なら同僚、学校なら同級生、地域ならご近所さん、そして家なら家族です。その中で、仲間に認められたいがために、実力以上の立派な人間に見せようとして失敗した経験、皆さんも一度はあるのではないでしょうか?

私は4年前、縁あって今のお寺に後継者として入寺しました。現在、お葬式や法事、月参りなど法務のお手伝いをするかたわら、寺報の発行や日曜学校の開催など新しい活動にも取り組んでいます。

近所に仏教壮年会(仏壮(ぶっそう))がものすごく盛んなお寺があります。いつもワイワイ盛り上がっていてうらやましいなぁと眺めていました。「いつかうちのお寺にも仏壮をつくりたい!」と思ってはいたものの、自分一人で立ち上げようにもなかなか第一歩が踏み出せません。

そんなある日、「若さん、うちも仏壮をつくろう!」と、ご門徒のTさんから声をかけてもらいました。実はTさんも、この近所のお寺の仏壮のことをよく知っていて、私と同じ思いを抱いていたのです。それから総代のIさんも加わって3人で立ち上げに向けて準備を進め、昨年の4月にめでたく発足の日を迎えました。

このように始まった仏壮ですが、「仏教を学ぶ会」と銘打って始めた例会が、なかなかうまくいきません。レジュメを作って私が懸命に説明するのですが、気持ちばかりがカラ回りして、自分でも何を言っているのかわからなくなる有り様で、僧侶としての力量のなさを痛感するばかりです。

Tさんが一生懸命声をかけて集めてきてくれたご門徒にも、「だめだこりゃ」という雰囲気が漂い始め、早くも行き詰まってしまいました。

わが身を知らされる

ちょうどその頃、日曜学校では、初めての企画「もちつき大会」を予定していました。当初は自分でホームセンターへ行って道具を用意するつもりでした。でも、いざ準備を始めてみると、何をそろえたらいいのか、そもそも、もちつきの手順そのものがさっぱりわかりません。

そこで仏壮の例会の時に思い切って「今度の日曜学校でもちつき大会を予定しているのですが、道具を持っている方がおられたら貸してもらえませんか?」とお願いしてみました。

そうしたら、皆、快く引き受けてくださり、Tさんが先頭になって臼(うす)や杵(きね)の道具からもち米などの材料まで、すべて用意してくださいました。当日は仏教婦人会の方にもお手伝いいただいて、もち米を蒸(む)すところから、臼と杵でついて、あんこやきな粉をつけて、子どもたちに振る舞うところまで、すべて仏壮におまかせしました。

大人も子どもも私も大喜びでおもちをほおばり、お寺の境内にこんなたくさんの人が集まって楽しげな雰囲気になったのは私が入寺して以来初めてのことで、胸がジーンとなったのを覚えています。

親鸞聖人は同じお念仏の教えをいただく仲間のことを、「御同行(おんどうぎょう)・御同朋(おんどうぼう)」と敬われ慶ばれました。仏壮の例会がうまくいかなかった当時を思い返すと、私のどこかに「御同行・御同朋」とはまったく逆の「教えてやろう」「自分を立派に見せてやろう」という気持ちがありました。もちつき大会を終えて、その時の自分がなんだかとっても恥ずかしくなりました。

お寺の本堂は、私が教える場でも、私を立派に見せる場でもありません。私にかけられた阿弥陀さまの願いを聞かせてもらう場です。お寺の主役はご門徒です。阿弥陀さまの願いの中で皆が繋がりあう場のお手伝いをさせてもらうのが、僧侶である私の本来の役割であることに、あらためて気付かされたのでした。

私のお寺の本堂は6年前に再建されたばかりです。ご門徒の大変なご苦労と願いのかかった大切な本堂です。この本堂は、阿弥陀さまの願いを聞かせてもらう場であり、わが身の愚かさを知らされる場でもあります。また同じお念仏の教えをいただく仲間が繋(つな)がりあう場でもあります。一僧侶としてわずかな力ですが、そのお手伝いをさせていただき、これからご門徒と共に未来のお寺作りを一歩一歩、進めてまいりたいと思います。

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