いのちの行方

本願寺新報 2014(平成26)年6月20日号掲載
浦霧 慶哉(うらぎり けいや)(布教使)

仏さまの教えにあう

カット 林 義明

私は、どこに向かっているのか?

私のいのちは、どこにいくのか?

この問いが解決されない限り、人間は真に落ち着けないのではないでしょうか。

今、共に仏さまの教えを聞かせていただいているご夫婦がおられます。そのご夫婦は、平成18年、今から8年前に1歳のご長男と、今生(こんじょう)のお別れをなさいました。ご長男のお名前を丈太郎君といいます。

丈太郎君は長く入院していたので、お葬式はご夫婦の意向により自宅で行われました。丈太郎君とのお別れがご法縁となり、お寺の法座にお参りされるようになりました。また、ご夫婦と私たち夫婦は年齢も近いので家族ぐるみのお付き合いとなり、時々食事も一緒にするようになりました。以前、お食事の折に奥さんが、こんな話をしてくれました。

「小さい子どもを亡くした家族の集いに行ってきたんだけど、他の方々が『私の子どもは、どこにいったんだろうか?どこにいるんだろうか?』と悲しまれている中で、私は仏さまの教えに遇(あ)うことができたので・・・難しいことはわからないけど・・・丈太郎と同じところに行く!って思えてくる。そう思っている」

それから、また何回かお食事するうちに、「京都に行こう。本願寺にお参りしよう!」ということになりました。

真に落ち着く人生

平成22年9月、丈太郎君のご往生から4年後、もうひと家族と一緒に、計3家族で佐賀からご本山へ参拝しました。

折角のご縁なので過去帳を持っていき、ご本山の阿弥陀堂で丈太郎君の永代経のおつとめをしていただきました。3家族みんなで手を合わせ、お焼香をしました。お参りが終わり、本山から宿泊所までの道中で奥さんが、「本願寺でおつとめしてもらって、お焼香もできてよかった!丈太郎が本願寺に私たちみんなを連れてきてくれた。丈太郎がお参りさせてくれたように思う」とおっしゃいました。

丈太郎君とのつらいお別れを目の当たりにしておりましたので、奥さんからこの言葉を聞いた時、奥さんが丈太郎君とのお別れを受け止め、しっかりと人生を歩まれているように感じ、大変感動しました。

今年の5月の祥月(しょうつき)命日には、例年のように私たち家族にもご案内を下さり、みんなでおつとめをし、法話を聞き、食事をしました。次の日、奥さんから妻の携帯にメールがありました。

「わが子ながら丈太郎のすごさに感謝です」

祥月命日の座で、丈太郎君が仏さまとして、残された私たちを導くはたらきをされていることを喜ばれたメールの言葉でした。

これまでご紹介してきたように、このご夫婦と共に仏法を聞き、お付き合いする中で、お二人から発せられてきた言葉があります。その言葉の中に、阿弥陀如来のおこころ、おはたらきを味わいます。あらためて、阿弥陀如来がお浄土を建立され、生きとし生けるものをお浄土にむかえとろうとされる願いを頼もしく思います。

共々に生まれゆく世界であるお浄土があること。今、この私をお浄土にむかえとろうという阿弥陀如来のはたらきと願いの中にあること。このことに気づかされたいのちは、今、この人生を力強く歩むことができます。このご夫婦が力強く歩まれている姿をみて、今、まさに阿弥陀如来がお二人にいきいきとはたらかれていることを感じます。丈太郎君が仏さまとして、いきいきとはたらいていることを感じます。

今、私が称(とな)えた南無阿弥陀仏のお名号は、苦しみの真っただ中に生きているこの私に、阿弥陀如来がおはたらきくださっているお姿です。「われにまかせよ、必ず救う」との阿弥陀如来の私に対するよび声です。

はるか昔から、無限の過去から迷い続けてきたこの私が、このたびの人生で南無阿弥陀仏のお名号に遇(あ)いました。お名号に遇いお浄土に生まれるいのちとなりました。いき先が決まることにより、苦しみの真っただ中にありながらも、真に落ち着く力強い人生を歩ませていただけるのです。

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