一枚の壁

本願寺新報 2014(平成26)年11月20日号掲載
西原 龍哉(にしはら たつや)(布教使)

忘れられないひとみ

カット 林 義明

銀座の一角にある画廊に「僧職ナイト」という、仕事帰りの会社員や学生たちと僧侶が語り合う場があります。仏教や浄土真宗のこと、日常生活の出来事から悩み事の相談まで、仏教とご縁がない方々と私たち僧侶が気軽に語り合っています。

悩みの相談で多いのは、家族や友人、上司と部下など、やはり人間関係の問題でしょう。そんな悩みを聞いて私がいつも感じるのは、状況は人それぞれですが、根源的な問題として横たわる、人と人との間にいつの間にかできてしまう「壁」という存在のことです。

数年前になりますが、国際協力活動を行うNGO団体の研修で中東パレスチナ自治区を訪れました。首都エルサレムは、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の聖地がある宗教都市です。訪れてまず驚いたのは、辺りを張り巡らす高さ8メートルの巨大なコンクリートの「壁」でした。

1948年、ユダヤ人がイスラエルを建国し、もともとパレスチナに住んでいたアラブ人との間に紛争が起こります。イスラエルの安全を守るという理由でこの壁は造成されました。壁は決められた境界線を大きくまたぎパレスチナ側の道路や学校、家の中までをも分断しています。そして何よりも二つの民族の心を分断しているのです。

ある者にとって必要であっても、他の者の平穏な生活を破壊する壁には違いありません。迫る巨大な壁を前に、他者を犠牲にしても自らの利益を追い求める人間の心の欲深さを見るような思いがしました。

そんな状況下でも、輝いていた子どもたちの目が忘れられません。ある難民キャンプを訪れ、楽しく遊び仲良くなった少年に質問されました。

「あなたの名前は何ですか?」

私が答え、少年の名前を聞き返そうとした時、さらに「あなたのお父さんの名前は何ですか?」と尋ねられました。

一瞬戸惑いました。これまで、初めて会った相手に親の名前を聞かれることなどなかったからです。彼らは親があって恵まれたいのち、そして家族の大切さを実感しているのだと思いました。難民キャンプでは、子どもたちも生きるか死ぬかという厳しい環境の中で生活しています。生きるためには多くの助けが必要なことを知っています。パレスチナの子どもたちは皆、人と人が家族としてつながる重みや、お互いに助け合わずには生きていけないことを肌で感じているのでしょう。そんな切実な思いが伝わり、今でも私の心に深く残っています。

大きな安心恵まれる

親鸞聖人は、阿弥陀如来の救いのはたらきを光にたとえてお示しになります。

解脱(げだつ)の光輪(こうりん)きはもなし

光触(こうそく)かぶるものはみな

有無(うむ)をはなるとのべたまふ

平等覚(びょうどうかく)に帰命(きみょう)せよ

(註釈版聖典557ページ)

時間・空間を超えた阿弥陀如来の光明は、どこからどこまで照らすという辺際(へんざい)がないために「無辺光(むへんこう)」と呼ばれます。壁を作らず、境界線を引かず、一切の世界を遍(あまね)く照らしてくれます。光明に照らされるとは、決して捨てないという阿弥陀如来の大慈悲心のうちに摂(おさ)め取られるということです。今ここで確かな救いのはたらきに出遇(あ)うからこそ、光明に照らされた人生は、大きな安心を恵まれた人生となるのです。

しかし、私たちの日常生活では、「私」「あなた」と壁を作り、目先の境界線を引くことに一生懸命になっています。そして、自分の都合で区別をし、思い通りにならないものを排除して生きています。しかし、阿弥陀如来の無辺光のはたらきに出遇う時、自ら作った境界線によって振り回されて、他を傷つけ、最後には自分をも傷つけている愚かさに気づかされます。目には見えずとも、数限りない思議を超えた大いなるはたらきに生かされている私のいのちです。

知らず知らずのうちに心に壁を作って悩み苦しむことがありますが、パレスチナの子どもたちの目の輝きを思い出すと、つながりの中でこそ私たちは生かされ合う存在であったと知らされるのです。お互いに支え合い手を取り合って、自らを省(かえり)みながら、如来さまの光の中を歩ませていただきたいと思います。

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