現実をささえるみ教え

本願寺新報 2015(平成27)年9月 1日号掲載
竹本 崇嗣(たけもと たかし)(愛知・刈谷布教所光照寺)

「かわいいねぇ・・・」

カット 林 義明

愛知県刈谷市で布教所を開所させていただいて、二度目の夏を迎えました。

本願寺派の盛んな九州や中四国、北陸地方からこの東海地方に移り住み、故郷で過ごしたのと同じお盆の過ごし方を望まれるご門徒の方々と共に過ごす夏のひと時は、大いにこころ楽しいものでした。

そんな今年のお盆の最中、珍しいお客がありました。中学校時代の同級生がご家族をともなって、広島県から愛知県までお参りに来てくださったのです。

この同級生ご夫婦がお寺にお参りされるようになったのは、10年ほど前の出来事をご縁としています。

生まれたばかりの双子の女の子と男の子を、半月足らずで相次いで亡くされたのでした。

同級生は、私が僧侶の道を歩んでいることを知っていたため、「お経をあげてもらえないか」と連絡をくれたのです。

その時、私は長崎県で法務に就くべく、転居したばかりでしたが、事情をお伝えすると法務先のご住職は快く広島県へのとんぼ返りを許してくださいました。

同級生の自宅に着いたのは夜半を過ぎていました。

その赤ちゃんは、初めて病院の保育器から出ることを許されたのだそうです。とても小さな棺(ひつぎ)がないため、木製ではなく発泡スチロールの棺の中、脱脂綿でくるまれた小さな男の子の姿を、どうしても私は忘れることができずにいます。

女の子の方が先に亡くなったので、すでに荼毘(だび)に付され、小さな骨壺が安置されていました。

出産後すぐに滅菌された保育器に移されたため、手袋越しでしか子どもに触れることができなかったそうで、ようやく子どもの顔をじかに撫(な)でることができたと、お母さんがずっと子どものかたわらに寄り添っていらっしゃいました。

子どもの皮膚は薄く、輸液で栄養を摂取していると頬がひび割れてしまうので、絆創膏(ばんそうこう)が貼(は)ってありました。医療用の絆創膏は飾り気がなくてかわいそうだと、お母さんの手でアンパンマンの顔が描かれていました。

子どもが生まれてから亡くなるまで、2週間ほどの出来事を聞かせていただきながら、私も女の子の骨壺を抱かせていただき、男の子の頭を撫でさせていただきました。「かわいいねぇ」と泣きながら。

それから双子の中陰(ちゅういん)法要をはじめ、百か日法要、初盆法要、一周忌法要をご縁として、ともに浄土真宗のみ教えに親しませていただきました。

私たち一人ひとりに

「つつしんで浄土真宗を案(あん)ずるに、二種の回向(えこう)あり。一つには往相(おうそう)、二つには還相(げんそう)なり」
 (註釈版聖典135ページ)

「還相の回向といふは、すなはちこれ利他教化地(りたきょうけじ)の益(やく)なり」
 (同313ページ)

わが子を亡くした悲しみで「自分も死んでしまえたら」と思っても、死ねなかった。

親子であっても、別々の命であると向き合うからこそ、現実の世界を生きる厳しさが明らかにされます。

そして厳しい現実を生きなければならない、寂しい私たちに等しく恵まれているお念仏が、決して一人にはしないとはたらきかけてくださいます。

現在、同級生ご夫婦は、6歳の男の子と2歳の女の子に恵まれています。二人とも空手を習っているので力も強く、ケンカともなれば騒がしいこと、この上ありません。

その兄妹が、お浄土へ生まれて往(ゆ)かれた姉と兄の写真をご仏前に安置し、ご両親と一緒に「南無阿弥陀仏、なもあみだぶつ」と称(たた)えています。

このお姿を見させていただくたび、阿弥陀さまのお慈悲のはたらきが間違いなく私たち一人ひとりに届いていることを聞かせていただいています。

ひとたび仏と生まれた方々が、いつでも私の称えるお念仏として寄り添ってくださることを味わわせていただいています。

「家庭を構(かま)えるって、素晴らしいことだね」

「おじさんは結婚しないの?」

「...結婚はね、一人ではできんのよ...」

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