一切隔てなく照らす

本願寺新報 2016(平成28)年2月 1日号掲載
佐々木 塁(ささき るい)(北海道・照覚寺住職)

一切隔てなく照らす

カット 林 義明

自爆テロの横行、それを阻止するための厳戒態勢・制裁がせめぎ合う昨今の世情です。お互いが〝目障りなものを排除〟することをめざす中で、そこから生じる負の連鎖が恐ろしくてならないのは、私だけでしょうか。

親鸞聖人は、人間の姿を「有礙(うげ)」とおっしゃいました。「有礙」とは「障(さわ)りあるもの」ということです。そして『ヨロヅノコノヨノコトナリ』と説明されています。

この世間一切そのものが「障り」であるということは、ひとえに「私」が障りを生み続ける以外にない存在である、ということです。大変厳しいお言葉です。

道理に背き、保身のためには、他を裁き、切り捨て、そして争いから抜け出せない私。そんな苦しみを、「有礙」の二字から自身の事として受け止めます。

   

 光雲無礙如虚空(こううんむげにょこくう)
 一切(いっさい)の有礙(うげ)にさはりなし
 光沢(こうたく)かぶらぬものぞなき
 難思議(なんじぎ)を帰命(きみょう)せよ
     (註釈版聖典557ページ)

と、親鸞聖人は阿弥陀如来のお徳を讃嘆(さんだん)されました。

このご和讃からお教えいただくことは、「輝く雲のように広がる阿弥陀如来の光は、まるで大空のように、どんな煩悩にもさまたげられることがなく、すべてのものをわけ隔てなく照らす」ということです。言い換えれば、いのちを隔てなく照らしづめの阿弥陀如来のおはたらきであればこそ、「有礙」の壁にもがき苦しんでいる私の本当の姿に出あうのだ、ということなのでした。

しかしながら、難思議とお示しのように、私の知識や理解で及びがつくはずのない阿弥陀如来のおはたらきです。だからこそ仏法に耳を傾け、浄土真宗をその身にいただかれた方々のお姿から、その願いをお伝えいただくのでした。

居場所を与える光明

ご門徒のKさんは北海道の雄大な大地の中で育ち、林業に生きた人生の大先輩。たくましさの中に洒脱(しゃだつ)さを併せ持つそのお人柄で、お寺の門信徒会を盛り立ててくださいました。対する私は大阪人で、理屈っぽさだけが特徴の若輩者。ご縁あって、現在の北海道のお寺に迎えていただいたのです。

対極に位置するようなKさんと私の個性でしたが、互いに時を同じくして、予期せぬ体調の異変と出あうこととなりました。私は身心のバランスを崩し、平素の生活ができないばかりか、人前に出ることさえできなくなりました。またKさんは、重い肺病を患われ、自宅での療養を余儀なくされたのです。

私は何にも手につかない自分に焦りといらだちを覚えてなりませんでした。ふがいなさを打破しようと動いてみては、結果、周囲の方々に深い傷を与えてしまい、すべてが悪循環にしか感じられませんでした。

そして1年以上が経ちました。Kさんの具合が芳しくないという報(しら)せを聞いていた私は、沈んだ心のまま、久々にKさん宅へ月命日のお参りにうかがいました。

お参りの後、お連れ合いの方がお茶の支度のために台所へ向かわれた時、Kさんは酸素吸入の器具を装着したお姿で、私に、ゆっくりとこうささやいてくださったのです。

「俺さ、もうお寺へは参れんかもしれん。だから、今、住職に伝えておくな。...住職、住職に代わる住職はどこにもおらんのだからな! どんな姿であってもいい。俺の住職は、あなたなんだよ...」

小さな声でそう話してくださったKさん。私は全身の力みが解かされてゆく自分に出あいました。同時に「無礙光」のおはたらきを教わったのです。

私の障り、不確かさを問題とすることなく、いかなる境遇にあろうとも居場所を与え、必要としてくださるおはたらきが「無礙光」であったのだ、と...。

間もなく、Kさんはお浄土に仏としてお生まれになりました。しかし、Kさんの命懸けのご法話は、有礙の私を知らせつつ、南無阿弥陀仏とお念仏申し、「排除なきいのち」に私が喚(よ)び覚まされていく中にこそ、円(まど)かな日々が育まれるのだと、今、この瞬間も教え続けてくださるのです。

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