帰る場所 -「われにまかせよ、必ず浄土へ!」-

本願寺新報 2016(平成28)年5月10日号掲載
加藤 真悟(かとう しんご)(布教使 大阪府四条畷市・自然寺住職)

「死んだらしまい」

カット 林 義明

「住職さん、死んだら本当に、何もかも終(しま)いですか?」

目にいっぱいの涙をためながら、唐突に尋ねられたので、私は言葉に窮(きゅう)してしまいました。

「浄土に生まれるとか...ホンマですか?」「浄土に往生するとか聞かされてもねぇ...」と言われることは、時折ありましたが、「死んだら本当に、何もかも終いですか?」と聞かれたことは、これまでありません。

とっさに、「どうして、そう思われるのですか?」と、私の方から質問を返してみますと、「主人は病気になってから、ずっとそう言いながら死んだんです...」。

56歳のお連れ合いと、今生(こんじょう)の別れをされたこの女性は、「死んだら終いや。何もかも終いや」という言葉を、ずっと聞きながら、看病される日々を過ごしておられたのだそうです。

「うん。死んだら終いやからね。あなた、お願いやから、頑張って病気を治しましょう」と、その言葉に応えながら、彼女は懸命に大切な時間を越えてこられたのです。

ところが別れの後、「死んだら終い」というこの言葉が刃(やいば)となって、自身を斬りつけてくるのだそうです。

「私も頭ではやっぱり、死んだら終いやと今でも思っています。でも終いやと苦しいんです。苦しいんです」

むせび泣きながら訴える彼女に、私は「そうでしたか。とても苦しいんですね。終いやとつらいんですね...」と応えたあと、しばらく黙って、彼女の口からこぼれる思いを聞き続けるばかりでした。

涙、涙、涙のゆえに

〝帰る場所〟

普段、私たちはあまり意識することがないのかもしれません。

「〝帰る場所〟を求めるというのは、生きているものの血の中に通っている、一つの大きな強い願いだ」とおっしゃってくださった先生がおられます。

例えば、ウナギの生態は謎だらけで、最近になってやっと紐解(ひもと)かれつつあるのだそうですが、日本のウナギの場合、マリアナ沖の深海で卵を産み、孵化(ふか)した稚魚が6センチぐらいになると、日本の河口にやってくるのだそうです。そこで半年ほど暮らすと、今度は川を上って10年間暮らした後に、あらためて川を下り、必ず元のマリアナ沖の産卵場に向かって旅をするのだと聞きました。非常に雄大な旅です。旅は「帰る場所」があってこそ、旅になります。「帰る場所」を持たないものは、放浪です。不安の中の彷徨(ほうこう)です。

私たちにとって、「帰る場所」があるということは、実は本当に大事なことなのではないでしょうか。

親鸞聖人は、善導(ぜんどう)大師の「南無阿弥陀仏」の六字のご解釈を受けられながら、「必得往生(ひっとくおうじょう)(必ず往生を得(う)る)」の「必ず」という言葉を、深く味わってくださいました。

自らの思いや考えに縛られることなく、阿弥陀さまの「我にまかせよ。必ず浄土へと生まれさせ、仏に成らしめる」という喚(よ)び声を、疑いなく聞き受けさせていただいた人生は、もはや放浪でも彷徨でもない。単に不安に怯(おび)えるだけではなく、ただ嘆(なげ)くことに終始するだけの人生でもない。それは生に涙し、死にうろたえるしかない私が決め定めるのではなくて、阿弥陀さまが私に、間違いなく「帰る場所」に往(ゆ)き生まれることができるようになったと定めていてくださるのです。

白井成允(しげのぶ)という先生は、ご自身のご生涯を通じて、阿弥陀さまのお浄土を、

 涙、涙、涙のゆえに
 みほとけは
 浄(きよ)きみくにを
 建てたまひけり

とお詠(よ)みくださいました。阿弥陀さまは、浄土を誰か他の人のためでなく、ここに生きる私が、どこまでも涙を溜めねばならない身であるがために、「帰る場所」浄土をご建立(こんりゅう)くださったのではないかといただくのです。

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