宝の山 -人生は邂逅と謝念である-

本願寺新報 2016(平成28)年7月 1日号掲載
鎌田 宗雲(かまだ そううん)(中央仏教学院講師 滋賀県愛荘町 報恩寺住職)

結論は仏法聴聞

カット 林 義明

 私は、滋賀県にある田舎のお寺に入寺してから、ふと気付いたことがあります。ご門徒に出会って話をすると、必ずと言っていいほど「おかげさまで」が話のはじめについていることです。

 何百年もお念仏の道場を護(まも)り大事にしてくださった方々の願いが、現代の今を生きる人の中で具現しているかのように...。ご門徒とのお話の中で「おかげさま」が聞こえたら、「先祖代々、お念仏のご縁があってよかったね」と心の中でつぶやいています。

 時代の変遷の中で、富める時代も貧しい時代も、お念仏という宝がいつも生活の中心にあったから、「おかげさま、ありがとう」という感謝の心が、命のつながりとして、代々綿々と継承されてきているのだと実感しています。

 若い頃に聞いて感動した亀井勝一郎先生の「人生は邂逅(かいこう)と謝念である」という言葉と、『往生要集(おうじょうようしゅう)』の「頭(こうべ)に霜雪(そうせつ)を戴(いただ)きて、心(しん)は俗塵(ぞくじん)に染(そ)めり。一生(いっしょう)は尽(つ)きぬといへども、悕望(けもう)は尽きず。...願はくはもろもろの行者(ぎょうじゃ)...すみやかに出要(しゅつよう)の路(みち)に随(したが)ふべし。宝の山にいりて手を空(むな)しくして帰ることなかれ」(註釈版聖典七祖篇842ページ)の言葉は、私にとって忘れられないものです。この言葉がつくづくわが身にしみてきている昨今です。

 ところで、「宝の山」とは何なのでしょうか。結論をいえば仏法の聴聞のことです。宝の山に入りて空しくして帰る人は、仏さまの教えを聞くご縁のない人のことです。こんな人生を過ごさずに心豊かに生きていきましょうと、およそ千年前にお念仏をよろんだ源信(げんしん)さまの声なのです。

 それではどのように仏さまの教えを聞けばいいのでしょうか。この私に、仏さまの教えを私心・私見を交えず素直に聞くことができるのでしょうか。ここが問題です。

名号は私のために

 浅原才市(さいち)さんが、

  わたしゃあなたに眼(め)の玉もろて
  あなたみる玉なむあみだぶつ

と詩(うた)っています。才市さんはお聖教(しょうぎょう)をそらんじたり教えを講釈する人ではありません。ただ純粋無垢(むく)にアミダさまのお慈悲をよろんでいた好々爺(こうこうや)でした。仏さまはあるがまま見る眼(まなこ)を私たちにあたえてくださる方だと体解(たいげ)していたのです。だからこそ、

  ええな
  せかいこくうが
  みなほとけ
  わしもそのなか
  なむあみだぶつ
  わたしゃ
  あなたにおがまれて
  たすかってくれとおがまれて
  ご恩うれしや
  なむあみだぶつ

というすばらしいお領解(りょうげ)を披露できたといえます。

 才市さんの領解は、アミダさまは南無阿弥陀仏の六字の名号(みょうごう)です。アミダさまの姿・形を求めているのではありません。

 お名号は誰のために完成させられたのかを聞いてみれば、この私のすべてをみぬき、この私を救うためにこそ誓願(せいがん)をたて修行されて阿弥陀如来となり、その救いはお名号となってはたらいているのです。アミダさまはみ名となって、いつでも・どこでも私に「かならず救うぞ」とはたらいてくださるのです。

 つまりが、ナモアミダブツと称(とな)えるままが、アミダさまに喚(よ)ばれつづけている私と領解すべきです。このことを甲斐和里子(かいわりこ)さんが、

  み仏をよぶわが声は
  み仏の
  われを喚(よ)びますみ声なりけり

とみごとに歌っています。できればこの歌をかみしめて、いつもアミダさまと共に生きているわが命と、よろこびにみちた生活をしていきたいものです。

 また、親しい先生から聞いた話ですが、池山栄吉先生の書いた名号碑の南無阿弥陀仏と刻んである裏に「オネガヒダカラスグキテオクレヨ」の文字があるそうです。ありがたいですね。私はアミダさまを拝みたのむのではないのです。すでにアミダさまから「タスカッテクレヨ」とたのまれているのです。このことを知ることが人生の宝をよろこぶ生活の出発なのです。

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