不自由のど真ん中 -根深い迷信を断ち切るのがお念仏-

本願寺新報 2016(平成28)年7月20日号掲載
満井 秀城(みつい しゅうじょう)(本願寺派総合研究所副所長 広島県廿日市市・西教寺住職)

占いは偏見のもと

カット 林 義明

 久しぶりに帰省した子どもたちが、ある時、私のいないところで、こんな会話をしていたそうです(誰が明かしてくれたかは機密です)。三男が口火を切りました。

 「俺たちみんな性格はバラバラだけど、悪いところは、みんなあの親父だよな」

 すると次男が、

 「確かに、頌(しょう)(長男)の、妙に完璧主義で面倒くさい性格や、俺の、おちゃらけたところ、淳(じゅん)(三男)の、我が強いところ、皓(こう)(四男)の、プライドが高いところ、みんな、あの親父だな」

と言うのです。

 その場に私はいなかったので、言いたい放題です。本当にすべて私のせいなのかは保留するとして、「みんな性格はバラバラ」は確かです。

 私の血液型は0型で、妻も0型です。必然的に子ども4人も0型です。しかし、この6人、性格はみなバラバラです。血液型占いが、いかにあてにならないかを、わが家が実証していると自負しています。

 そういえば、故市川團十郎さんが白血病にかかり、その治療として血液をすべて入れ替える輸血をされ、その時に血液型が変わってしまったそうですが、ご本人が言われるには、「性格は全然変わらなかった」そうです。

 世の中、占いがはやっています。「ファッションだ」とか言う人もいます。

 私の購読している地元の地方新聞も、以前は「占い」などなかったのですが、10年以上前から、「○月生まれの運勢」という占い欄が載るようになりました。「安芸門徒の地元の新聞なのに、けしからん」と思い、当時、知己だった、ある記者にクレームを言うと、何とか部長さんという、偉い役職の人が来てくれました。

 一宗派の論理だけでは聞き入れてもらえないと思い、少し客観的な物言いをしました。

 「ひのえうまのように、占いは予断や偏見の元で、いじめや差別の原因にもなるので、人権上、悪影響を及ぼす」と抗議しました。すると、予想はしていましたが、「一定の需要があるので、そういう読者層の要望にも応えねばなりません」と言うのです。私も面倒くさい性格ですから、引き下がりません。

 「需要があるからというだけで、オピニオン・リーダーとしての責務が果たせるのですか」と迫りました。

 すると、「貴重なご意見として、持ち帰って検討いたします」となりました。この手の立場の人の「持ち帰って検討」とは、「改める気は、ありません」と同義語です。案の定、占い欄は掲載され続け、失望と無力感にさいなまれたことを思い出します。

科学は迷信に無力

 また、これも、かなり前のことですが、ある航空会社の飛行機に乗ったとき、自分の座席番号が「5A」だったので、「1A、2A、3A」と順番に捜していったら、何と「3A」の次が「5A」でした。3と5の間に非常口があったのではありません。その場で、理由を問い詰めませんでしたが、どう考えても、理由は一つしか思い浮かびません。「4」は、「死」をイメージするということです。もし飛行機が墜落したら、4番の座席の人だけが危ないなんてはずはありません。さらには、病院も「4号室」が無いという話を聞いたことがあります。

 金属の塊を空に飛ばす科学の最先端で、人命を救う医療の最前線においてさえ、かくも迷信とは根強いものかとがくぜんとした記憶があります。すべての飛行機やすべての病院ではないでしょうし、現在は改善されているかもしれません。しかし、発達した科学でも迷信には無力なのだと、つくづく感じました。

 この根深い迷信を、横さまに断ち切るのが、お念仏です。「自由、自由」と、自由を喧伝(けんでん)する現代人が、占いや迷信という呪縛から逃れられない「不自由のど真ん中」にいるのが、滑稽(こっけい)というか残念です。真実信心を、もっと自信を持って伝えていかねばと自省する、この夏です。

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