心の基礎工事 -ひと声ひと声のお念仏に仏さまのお慈悲が-

本願寺新報 2017(平成29)年2月 1日号掲載
満井 秀城(みつい しゅうじょう)(本願寺派総合研究所副所長 広島県廿日市市・西教寺住職)

闇は闇を破れない

カット 林 義明

 もう来月で、あの東日本大震災から、まる6年、つまり七回忌を迎えることとなります。いまだに復興のスタート地点にも立てない方も多いと聞き、その爪痕(つめあと)の大きさには、今も言葉が見当たりません。

 昨年の11月にも福島では津波の発生する比較的大きな地震が発生しましたし、昨年だけでも熊本や鳥取などで大きな地震が起こりました。

 日本列島は、四つのプレートの上に乗っていて、これらのプレートは絶えず動いているために、徐々にではあっても、必ずひずみが生じ、言わば半ば定期的に地震は起こるもののようです。

 こういった地殻変動などの自然現象に対しては、人間の知恵も力もまったくの無力です。人間の力で地殻変動を押さえ込むことはできません。

 少し乱暴な譬(たと)えかもしれませんが、私たちの心の底深くには、六大煩悩(ぼんのう)という、煩悩の大きなプレートが六つあり、これが絶えず活動しているために、百八もの煩悩現象として表われ、時にこれが大激震や大爆発を起こすことさえある。そういう状態ではないかと思うのです。そうすると、この煩悩の活動自体は、人間の力では、どうしようもないのではないでしょうか。生身の人間には、暑い時は暑いし、寒い時は寒く、痛い時は痛いし、眠(ねむ)い時は眠いものです。「心頭(しんとう)を滅却(めっきゃく)する」ことは、少なくとも私には不可能で、親鸞聖人が「煩悩具足(ぐそく)」「煩悩成就(じょうじゅ)」と言われたのは、このような意味をおっしゃってくださっているように思います。

 さらには、煩悩は、煩悩の力で、それを退治することはできません。闇(やみ)の力で、闇を破ることができないのと同じです。しかし、千年の闇室(あんしつ)も、一瞬の光で、たちまちに、その闇が破られるように、私たちの無明(むみょう)煩悩は、仏さまの光に出値(であ)う以外に、破られることはありません。

経験知を生かして

 人間の力で地殻変動などの自然現象を止めることはできませんが、私たち人間には、あの悲しい経験知を生かして、これからいつどこで起こるかもわからない地震や台風などの被害を最小限に止めることのできる知力はあるでしょう。

 ある人の譬(たと)えでは、「身長が2メートルになれと言われても、それはできないが、2メートル上の棚の上にある物を取れと言われたら、はしごや台を持ってくれば取ることができる」と言っておられました。できることと、できないことを見分けることが重要です。津波の被害に遭った経験知によって、高台への移転や避難訓練など、実際に効果が表われたものも多いと聞きます。

 阪神大震災の後も、耐震基準をより厳しくし、新しい基準より後に建てられたものと、それ以前の建物とでは、地震に対する強度が大きく違い、熊本の大地震などでも、倒壊した建物は、そのほとんどが、基礎のしっかりしていない、古い建物だったと聞きます。

 このことを思うとき、先人の「お念仏は心の基礎工事」との言い伝えを思い出します。

 いつ、何が起こるかわからない、この娑婆(しゃば)世界において、逆境によっても崩(くず)れにくい、心の基礎工事が必要だ、との先人の知力を物語っていると思います。

 特に、今の時代は、物質的には恵まれて暮らしているだけに、その恵まれた状態を「当たり前」と思い込んでいたら、いざ、大きな逆境に出あったときには、簡単に負けてしまうことになりかねません。

 お念仏が、なぜ「心の基礎工事」なのでしょう。お念仏申すひと声ひと声の中に、阿弥陀さまのお慈悲が、私たちの心の底から、いのちの底から、支えてくださっているからだと思います。

 悲しいときや、つらいとき、あるいは腹が立ったときなどに、静かにお念仏申してみますと、なぜか少しずつ心が和らいでくることが実感できるでしょう。やはり、これも、仏力・他力のはたらきでした。如来さまのお慈悲の支えを、あらためて、ありがたく思えるひと声ひと声です。

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