仏の香り 露の味 -南無阿弥陀仏の花を咲かせた俳人・田上菊舎-

本願寺新報 2017(平成29)年6月 1日号掲載
西原 祐治(にしはら ゆうじ)(仏教婦人会総連盟講師 千葉県柏市・西方寺住職)

無意味でない絶望

カット 林 義明

 ある本に「チンパンジーは絶望しない」ということが書かれていました。絶望は、将来に対する希望が断たれることです。チンパンジーは、未来を想像するという思考がないので、いわれてみれば納得です。これはチンパンジーだけにとどまらず、人と動物の違いでもあるようです。

 〝絶望〟とは〝私の無力さに触れる〟ときです。無力な私が明らかになる。それは絶望ともなりますが、より大きな希望が開かれるときでもあります。

 その大きな希望とは、阿弥陀如来の本願のみ教えに出遇うということです。

 〝絶望〟という言葉を聞いて、思いつくお聖教(しょうぎょう)の言葉があります。それは中国の善導大師(ぜんどうだいし)の「二河白道(にがびゃくどう)」に説かれている言葉です。

 二河白道とは、念仏者の信心のすがたを、旅人の喩(たと)えで示されたものです。その説話の中で旅人は「われいま回(かえ)らばまた死せん。住(とど)まらばまた死せん。去(ゆ)かばまた死せん」(註釈版聖典七祖篇467ページ)と絶体絶命の状況に追い込まれる描写があります。まさに、〝絶望〟の淵に立ったのです。そのとき、お釈迦さまの「なんぢ、ただ決定(けつじょう)してこの道を尋(たず)ねて行け」という言葉が聞こえ、そして阿弥陀さまの「なんぢ一心正念(いっしんしょうねん)にしてただちに来(きた)れ」(同)という本願のみ教えが旅人に届くのです。

 この教説は、人は、悲しみや苦しみの中で体験される絶望的状況は、ただ自己の無力さを知るだけの無意味な体験で終わらず、阿弥陀さまのみ教えに出遇(あ)うときでもあることを示唆(しさ)しています。

 〝苦しみを通してみ教えに出遇う〟。過去、多くの念仏者が体験し、その体験は現代においても浄土真宗のおみ法(のり)のはたらきとして脈々と受け継がれています。

苦渋をなめて知る

 田上菊舎(たがみきくしゃ)という江戸時代の俳人がいました。現在の山口県下関市豊北(ほうほく)町に生まれ、16歳で嫁ぎ、24歳の時に夫が死去。子どももなく、実家に帰ります。26歳の時に「菊車」(のち菊舎)の俳号を授かり、周囲の俳人たちから祝福を受けています。また、萩の真宗寺院・清光(せいこう)寺で剃髪(ていはつ)し、59歳の時には、本山の親鸞聖人550回忌に参拝しています。

 菊舎は俳人としての枠を超え、書・画・琴・茶の湯・和歌・漢詩にも精通し、その生涯の大半を旅で過ごし、その間、交流した人は数知れず、長府藩主・毛利元義とも親交がありました。

 『田上菊舎全集 上・下』(和泉書院)の序文に詩人の大岡信(まこと)氏は「もし古人を今甦(よみがえ)らせることが可能なら、女性としてはまず真先に甦らせ、その謦咳(けいがい)に接してみたい人である」と書いています。夫の死後、29歳にして美濃派六世朝暮園傘狂(ちょうぼえんさんきょう)に入門するために、はるばる長門から美濃国へと旅立ちます。若い菊舎の率直な感性は人々に好感を与え、30歳の時、師は「信」の一字を大切にと、「一字庵」の号を与えています。それから、一人で「奥の細道」を芭蕉とは逆のルートで江戸に行き、北陸、信濃、京、大坂、九州まで一人旅は続いています。

 辞世は、

  無量寿の宝の山や錦時(にしきどき)

で、念仏者らしい句を詠(よ)んでいます。
 菊舎の俳句には「無量寿(むりょうじゅ)」(阿弥陀仏)をうたった作品がいくつもあります。その中に次のような句があります。

  無量寿の種いただきぬ
  むつの花
  なめてしる無量寿の香(か)や
  露(つゆ)の味(あじ)

 「なめて」とは、苦渋をなめること、苦しみ悲しみの体験です。阿弥陀さまの功徳を「香りと露の味」で表現しています。苦しみを通して、無量寿仏の豊かさや慈(いつく)しみに出遇(あ)ったという歌です。夫との死別、持病の喘息(ぜんそく)、74年の苦難多き生涯を、南無阿弥陀仏の花を咲かせるご縁として生ききった姿は見事です。

 人生、どうにもならない苦しみや悲しみに遭遇することがあります。その苦しみや悲しみを通して、平安ならば拝むはずのない阿弥陀さまを礼拝(らいはい)し、み仏の教えが心に響くということがあります。そして阿弥陀さまの慈しみに出遇(あ)えた時、苦しみや悲しみが、み教えに出遇う意味ある営みとして受け入れられていくのでしょう。

 いつの時代にも人の苦しみや悲しみは尽きません。その苦しみや悲しみが、み教えに出遇う意味ある営みとして受けいれられていく。ここに浄土真宗の時代を超えた普遍的な価値があります。

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