宇宙カレンダー -またたく間のような人間の一生-

本願寺新報 2017(平成29)年11月10日号掲載
櫻井 法道(さくらい ほうどう)(小樽市・新光保育園園長 広島市・正向寺衆徒)

大晦日の23時59分

カット 林 義明

 11月は「霜月(しもつき)」といわれるように、霜が降り、思わず寒さに姿勢が正される季節となりました。日没も早くなり、自(おの)ずと夜空を見上げる機会に恵まれます。今年もあと2カ月を切りました。そんなことを考えながら見上げる夜空に広がる「宇宙」を想像する時、人間はギリシャ神話やかぐや姫の昔から、宇宙へのロマンと神秘を求めて探索してきたことに思いを馳(は)せました。

 歴史上初めて、人類が宇宙空間を体験したのは、有名な旧ソ連時代のガガーリンでした。彼が言った「地球は青かった」という名言は、今でもよく知られています。また、アメリカのサーナン飛行士は「地球は宇宙のオアシス(生命の泉)だ」と語ったそうです。

 アポロ15号のアーウィン飛行士は、月世界に66時間滞在しました。宇宙飛行士として月に着陸し、月の大地に実際に立ち、そこから地球を見た時、地球はなんと美しい星なんだとあらためて実感したと言います。

 なぜならば、月の大地の上には、生きとし生ける生命はありません。まさに死んだ砂漠でしかない月の大地の上に立った時、彼は植物が生き、動物が生き、ありとあらゆる生命の存在、生命の生きる美しさが地球の美しさであることに気づかされたと語っていました。

 また、アメリカの宇宙科学者カール・セーガン博士は、150億年(現在は138億年が定説)に及ぶ宇宙の歴史を1年間に縮めた「宇宙カレンダー」を作り、わかりやすく宇宙の成り立ちを説明してくれました。

 それによると、宇宙の始まりは150億年前の「ビッグバン」と呼ばれる大爆発に始まり、銀河系の始まりは、5月1日になるそうです。太陽系の起源は9月9日、地球の成立は9月14日頃になるということです。また、地球上において生命らしきものが現れ始めるは、9月25日頃であり、人類が登場するのは、大晦日(みそか)の夜10時半であり、歴史の教科書などに紹介される有史時代については、なんと午後11時59分50秒、わずか10秒前になるそうです。

無始以来ずっと

 このように、宇宙の気の遠くなるような歴史から見れば、人間の一生は、まばたきする間もない、ほんの一瞬の出来事と言えます。人間は、そのまばたきする間もない一生の中で、悲しみ、憎しみ、怒り、そして対立して傷つけ合い、殺し合いをくり返して生きています。露(つゆ)のように短く、はかない一生のいのちでしかないのに。

 そんな「いのち」の尊厳を知らせんと、人と生まれ、仏となられたのが、お釈迦さまであり、その教えが仏教として伝えられてきたのです。

 親鸞聖人は、ご和讃(わさん)に、
  弥陀成仏(みだじょうぶつ)のこのかたは
  いまに十劫(じっこう)とときたれど
  塵点久遠劫(じんでんくおんごう)よりも
  ひさしき仏(ぶつ)とみえたまふ
     (註釈版聖典566ページ)

と示されます。

 阿弥陀仏が、一切の衆生を救いたいという願いを発(おこ)して仏になられたのは、十劫(じっこう)という気の遠くなるような昔にさかのぼります。以来、その願いは実際に力となり、無限のいのちをもって今日に至るまで、止むことなくはたらき続けています。すべてのいのちを救わずにはおかない、という本願のはたらきによって信心が開かれると、実は始めのない無限の過去から、すでに阿弥陀仏として存在されていたと見受けられるということです。

 しかも、本願の智慧(ちえ)のはたらきは、光がどのような暗闇(くらやみ)の世界であろうと照らし尽くすように、煩悩の闇に惑わされ、真実の智慧をもたない私たちを、一人残さず真実に目覚めさせてくださるのです。

 本願の智慧の光は、私が月の光を見ていたのではなく、月の光によって、月をながめるようにはたらきかけられていたことに気づかせてくださいます。

 今を生きる私たちを生み出すために、無限の過去から絶えることなく続いてきた無数のいのちの歴史。夜空をながめて星空に思いを馳せる時、無始以来、この私のいのちを願ってはたらき続けてくださっている阿弥陀如来の偉大さに気づかされます。

 親鸞聖人は、本願を聞き、お念仏申す生活の中に、そのことがあるとお示しくださったのです。

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