いつでも どこでも-深い悲しみの中にひびく親のよび声-

本願寺新報 2018(平成30)年8月10日号掲載
蓮谷 啓介(はすたに えいすけ)(布教使 大分市・妙蓮寺副住職)

「親さま」とは

カット 林 義明

 浄土真宗では、伝統的に阿弥陀さまのことを「親さま」とよんで仰(あお)いできました。けれども、それは、私たちが阿弥陀さまから生まれたということではありません。煩悩にまみれた身で、仏さまのことを「親さま」とよべるのはなぜでしょうか。それは、阿弥陀さまのほうから「親の名のり」をしてくださったからです。

 「親の名のり」とは「南無阿弥陀仏」です。それは「我(われ)にまかせよ、必ず救う」という、阿弥陀さまが私をよんでくださるよび声でした。

 「南無」とは「おまかせします」という意味です。しかし、迷っている自覚もなく、阿弥陀さまに背を向けるような私たちに「まかせる」心は起こりません。阿弥陀さまはそれでは救いに間に合わないと、ご自身の名のりに「南無」をつけて、「まかせよ」とよび続けてくださっているのです。

 「我にまかせよ」の我とは阿弥陀さまのことです。「阿弥陀」とは、寿命と光明が量(はか)りしれない仏さまというお名前です。

 それは、阿弥陀さまがまだ法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)であった時、寿命が無量(むりょう)の仏となって「いつでも」私に寄り添い、光明が無量の仏となって「どこでも」私のところに至り届いて、必ず救える仏になろうと誓いをたてられ、成就されたのです。

 「いつでも どこでも」とは、今、ここ、私のところをおいて、ほかにはありません。今、ここ、私のところにおられないのであれば「いつでもどこでも」とは言えません。

 つまり、阿弥陀さまに背を向けて逃げていた時も、日々の生活に追われて阿弥陀さまのことを忘れている時も、うれしさに心躍(おど)る時も、悲しみに打ちひしがれて涙する時も、今も昔も、これからもずっと、阿弥陀さまは私とご一緒してくださる仏さまなのです。それをご自身の名のりとして仕上げてくださったのが「南無阿弥陀仏」です。

 こうして、私がいついかなる時も、決して変わらないお心で「我にまかせよ、必ず救う」と飽(あ)きもせず、疲れも知らずお育てくださる仏さまを「親さま」とお譬(たと)えするのです。

 親とは、子を産んだというだけではありません。「お母さんだよ」「お父さんだよ」と言うように、「まかせよ、お前の親であるぞ」と、私が思うより先に名のってくださった方が親なのです。

親であり続ける姿

 お寺にキクエさんというご門徒がおられます。キクエさんのお母さんは、早くに先立たれ、きょうだい共にお父さんの後妻の方に育てられました。その方は何にでも一生懸命で、とても優しいお母さんでしたが、それをキクエさんは素直に受け入れることができませんでした。

 しばらくして、戦争でお父さんとお兄さんにも先立たれました。するとお母さんは、毎日お仏壇の前で涙し、昼夜を問わず、お父さんとお兄さんの名前をよび続けられたというのです。キクエさんは、その姿を見るのがとてもつらくてイヤで、目を背けて耳をふさいだといいます。

 そんなお母さんもおなくなりになり、キクエさんは結婚して、二人のお子さんに恵まれます。ところが、そのお二人が事故と病気で先立っていかれたのです。

 その時、言い知れない深い悲しみの中で気づいたことがありました。それはあの時、見るのも聞くのもつらくてイヤだったお母さんと同じように、お仏壇の前で先立ったわが子の名をよんでいたことです。そして、お母さんが兄を本当の子ではないとわずかでも思っていたなら、あれほど涙し、名前を毎日よび続けただろうか...ということでした。

 それは、子が死してなお親であり続けた姿でした。決してお兄さんが亡くなってからのことではなかったはずです。また、お兄さんだけの話でもありません。お母さんが家に来て、「あなたのお母さんになります」と名のってくれた時からずっと、キクエさんの親であり続けてくれたのです。

 「あのお母さんは今も、この悲しみの中にあって、私と一緒に泣いてくれているように思えた」とキクエさんは話してくださいました。

 「南無阿弥陀仏」は、「いつでも どこでも」離れずにいることを子に告げる親の名のりです。阿弥陀さまは、今も昔もこれからもずっと「わが子よ」とよび続けてくださいます。そのよび声を聞く時、私たちはいついかなる時であっても決して独(ひと)りではありません。たとえ深い悲しみの中であっても、親の声を聞き、親の腕に抱かれて安心して泣いていけるのです。

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