ありがとうと生き抜く -私たち家族は「ビハーラ活動」の中で生かされている-

本願寺新報 2018(平成30)年10月20日号掲載
深水 顕真(ふかみず けんしん)(布教使 広島県三次市・専正寺住職)

ALSという難病

カット 林 義明

 皆さんは「ビハーラ活動」という言葉を聞かれたことがあるでしょうか?

 「ビハーラ活動」とは、病院や介護施設などで、「仏教徒が、仏教・医療・福祉のチームワークによって、支援を求めている人々を孤独のなかに置き去りにしないように、その心の不安に共感し、少しでもその苦悩を和らげようとする活動」とされています。

 今、私たち家族は、この「ビハーラ活動」の中にいます。なぜなら、私の父、深水正道(しょうどう)が、ALS(筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう))という病気で入院しているからです。

 ALSは10万人に一人の難病といわれる病気です。脳の指示を筋肉に伝える神経が炎症を起こして破壊され、次第に全身の筋肉が動かなくなり、最終的には死に至ります。残念ながら、現在の医学ではそれを治すことはできません。

 昨年の初めに発症した父は、次第に手足が動かなくなり、現在では首から下の身体を自分で動かすことは全くできず、病院のベッドの上で一日を過ごしています。

 しかし、脳の機能や話すこと、食べること、飲み込むことは今のところ維持されています。

 父が入院している病院は、広島県三次(みよし)市にある「ビハーラ花の里病院」という病院です。

 先述した「ビハーラ活動」の理念に基づいて、市内の浄土真宗寺院のご住職が設立された病院です。父はこの病院の設立以来、地域の僧侶として、病院でのボランティアや法話会の活動を推進してきました。

 では、病気を抱え患者として入院することになった父は、「ビハーラ活動」を実践する側(がわ)から、される側、受け取る側へと変わったのでしょうか。

 父の今の姿は、ビハーラ活動を行う側と受け取る側に分けて考えがちなあり方を、問い直すものとなっています。

ともに浄土への道を

 確かに父は、身体を動かすことができませんから、誰かを介助するようなことはできません。一方で、その動かない身体にイラ立つわけでも、また過度に感傷的になるわけでもなく、淡々とその状況を受け止めています。

 私たちは普段の生活の中で、近づく死から目を背けています。しかし、父の場合は、刻一刻と全身の麻痺(まひ)が進み、さまざまなものが失われていくことで、死への大きな不安があるはずです。

 この不安に、お念仏の教えは最後の、そして唯一の救いを与えてくれています。あらゆるものを失っても、お念仏だけはなくならない。この思いが、父の淡々とした日常を支える力となっているのでしょう。

 もちろん、日常の中で時にはわがままも言います。ある時、病院に行ったらいつになく不機嫌でした。どうしたのかと聞くと、「アイスクリームがなくなった」と言います。

 実は、病院でのおやつ代わりにアイスクリームを冷凍庫に入れていたのですが、私の弟の子、つまり父の孫がやって来て、それを全部食べてしまったというのです。あまりの他愛のなさに思わず笑ってしまいましたが、これも、これまでと同じ父の姿でもあります。

 果たして私自身が死を目前にしたら、どのような心を持つのでしょうか。ともすれば、気落ちして自暴自棄(じぼうじき)になるかもしれません。そしてその姿は、家族や看護・介護者に大きな不安と苦悩をもたらすことになるでしょう。

 一方で、父はお念仏を力として、日常のまま周囲と接しています。それこそが、父にとっての「ビハーラ活動」そのものとなっています。

 今年の一月、病院の法話会でお話しした父は、「病気を抱えながらも、子や孫、周囲の人に、ありがとうと生き抜く姿を残していく。それが私にできる唯一のこと」と語りました。

 「真宗宗歌」の3番には、次の歌詞があります。

 海の内外(うちと)の へだてなく
 み仏(おや)の徳の とうとさを
 わが同朋(はらから)に つたえつつ
 浄土(みくに)の旅を ともにせん

 与えるものと受け取るもの、死にゆくものと残るもの、そのような区別は一切なく、ただ念仏をよろこび、それを伝える道がお浄土へとつながる、といただいています。

 今、私たち家族は、そうしたお念仏と父の「ビハーラ活動」の中で生かされています。

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