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2004(平成16)年 春の法要・立教開宗記念法要

阿弥陀如来のご本願は 誰でも乗れる大きな船

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4月13日から15日まで本山で「春の法要(立教開宗記念法要)」が営まれ、15日にご門主がご親教(法話)を述べられた。その全文は次の通り。

今年も皆さまとご一緒に、立教開宗記念法要をおつとめすることができました。立教開宗とは、宗祖親鸞聖人が浄土真宗をお開きになったことをいいます。

親鸞聖人ご自身は、師匠である法然上人が浄土真宗をお開きになったのであり、その教えに従っているとお考えですけれども、私たちから見ますと、法然上人には見られない独自のお考えがあり、親鸞聖人が独自の教えを立てられたといわずにはおれません。特に、ご本願のはたらきを徹底して受け取られたということが大切でありましょう。

ただ今のおつとめは、共通勤行和訳正信偈と申します。そのいわれは、「法要のしおり」をご覧いただきたいと思います(掲載文・後記)

宗派の違う者が一緒におつとめしよう、日本語でおつとめをしようということであります。ぜひ、多くの方に親しんでいただきたいと思っております。

さて、親鸞聖人が教えて下さいましたのは、阿弥陀如来のご本願を信じること、信心一つで往生成仏させていただくことです。しかも、この信心は、私が起こす心ではなくて、阿弥陀如来さまから賜る心であります。煩悩渦巻く迷いの世界にあって真実を知らず、さまよっている私を救い、お浄土でさとりを開かせて下さる阿弥陀如来のご本願のはたらき、それが南無阿弥陀仏となって今ここに届いています。ご本願の力、南無阿弥陀仏のはたらきが、私を信心の身とならせて下さいます。これは生死の迷いを超えることであるといえましょう。

今、何か困ったことがあるという個別の悩みを解決する対症療法ではなくて、根本から悩みを受け止める体質の変換といえましょう。

「五濁悪世(ごじょくあくせ)のわれらこそ
金剛の信心ばかりにて
ながく生死(しょうじ)をすてはてて
自然(じねん)の浄土にいたるなれ」

(註釈版聖典591ページ)とご和讃にうたわれました。

ところで、大乗仏教という言葉をご存知でしょう。親鸞聖人はお手紙の中で、「浄土真宗は大乗のなかの至極(しごく)なり」(同737ページ)とおっしゃっています。大乗とは文字通り大きな乗り物という意味です。小きな乗り物は乗せる人数を制限しなければなりません。大きな乗り物は誰でも乗せることができます。ご本願は誰でも乗れる大きな船であります。

大乗の精神は、この私が漏れることなく救われるという意味で、有り難く受け取ることができますとともに、他の人々やいのちに心を開いてゆくことへ通じます。根本にかえって考えてみますと、私が迷いの世界を超えて真実のさとりの世界、お浄土を目指すのは、ただ私が不幸であるとか、人生が辛い、悲しいということだけではありません。自らの煩悩、無知によって自らを傷つけ、他のいのちを傷つけているからであります。ですから、私がご本願に救われる道を歩むとき、他のいのちを切り捨てて、自分だけがご利益を得るということはありません。逆に、他のいのちと共に生きようとする私になっていくことであります。親鸞聖人のご和讃に、

「浄土の大菩提心は
願作仏心(がんさぶっしん)をすすめしむ
すなはち願作仏心を
度衆生心(どしゅじょうしん)となづけたり」

(同603ページ)とあり、お浄土で仏になろうと願う心は、すなわちよろづの衆生を仏にならせようと思う心であるとおっしゃっています。

「南無阿弥陀仏」とお念仏申すこと、称名念仏は、こういう意味で、まことに大切なことがらです。

今日、残念なことに、口先ばかりで何もしないことを「念仏している」とたとえる人があるようであります。本当のお念仏は、阿弥陀如来さまをたたえることであり、私がすくわれる喜びをあらわす言葉であります。お念仏から聞こえてくるのは、阿弥陀さまが、私たち、我らを心配して、捨てておけないとよびつづけていらっしゃるお心であります。

阿弥陀如来さまが、心配していらっしゃる、心配していて下さるということから、身の回りの出来事、世界のありさまに心を向け、共に、心を通わせることのできる繋がりを育てていきたいと思います。

世界の平和は緊急の課題であります。今、一番苦しんでいる人々に学ばねばなりません。

本日の立教開宗の意義を味わいつつ、お念仏申して、ともに人生を、世の中を歩ませていただきましょう。

共通勤行「和訳正信偈」について(「春の法要のしおり」から)

1973(昭和48)年に親鸞聖人ご誕生800年・立教開宗750年を迎えるにあたり、聖人の開かれたお念仏のみ教えをより広く伝えるため、1969年4月、本願寺派・大谷派など聖人をともに宗祖と仰ぐ真宗十派によって、宗派の垣根を越えて真宗教団連合が結成されました。

それまでは、宗派それぞれの作法と節によっておつとめされていましたが、同連合結成を機に共通勤行について研究・検討がなされ、1971年11月に「和訳正信偈」が制定されました。

この正信偈の和訳は本願寺派の「しんじんのうた」から採用されており、また現代的なメロディーがつけられています。

本願寺では、4月15日の立教開宗記念法要において共通勤行「和訳正信偈」をおつとめします。

ご親教本文/本願寺新報2004年5月1日号より
※ホームページ用に体裁を変更しております。(文責/在編者)