読むお坊さんのお話

イツモ ココニ イルヨ -私をよび続けてくださっている仏さま-

西原 祐治(にしはら ゆうじ)

仏教婦人会総連盟講師 千葉県柏市・西方寺住職

道をゆずりますか

 ある公園墓地で、納骨の法要をおつとめしました。お参りされたのは、おじいさんとその方の娘さんと連れ合い、そしてまだ就学前の2人の女の子と数人の親戚でした。

 礼拝(らいはい)室で一緒におつとめをした後、法話をしました。そして墓前に行き、おつとめ中にお焼香をご案内しました。すると、2人の女の子も親が教えることなく、自分の番になると、手を合わせ「なまんだぶつ」と合掌礼拝しました。

 私はその光景を見ながら、「ほおー」と少し驚きました。手を合わせ念仏するという行為が、普段の日常生活の中に溶け込んでいるに違いありません。その時、私はある心理学の実験を思い出しました。

 その実験は、「高級車と安い車、どちらが道をゆずるのか?」というものです。

 信号のない横断歩道で、車が向かってくるタイミングでサクラの歩行者を渡らせます。車が横断歩道の手前で止まるか、ゆずらずにそのまま直進するかの実験です。

 この実験では、車種を5段階にランク付けします。たとえば、BMWやベンツなどの高級車は上位ランクに位置づけされます。軽自動車のような車は下位にランクするのです。そして、5段階の車について、道をゆずらなかった割合をグラフにします。

 その結果はというと、車のランクが高いほど歩行者に道をゆずらなかったのです。ランクが最も低い車は、すべて道をゆずりました。最も高いランクの車は、45パーセントも道をゆずらなかったのです。

 この実験結果から導きだされた結論が、興味深いものでした。高級車に乗るお金持ちは、いつも優先的に扱われている。列車に乗ってもグリーン車クラス。そのため、普段から自分を優先するという行為が無意識のうちにすり込まれている。それで横断歩道で道をゆずるべき場面でも自分を優先的に扱った、というものでした。

 人は無意識的に、自分が置かれている環境の影響を受けます。その事実は私の行為や考え方として身につきます。2人の女の子が、自然に合掌礼拝したことも、日常生活の中に、その行為が溶け込んでいたからでしょう。ここに阿弥陀仏の巧みなはたらきがあります。

 親鸞聖人は、ご和讃に、「有情(うじょう)をよばうてのせたまふ」(註釈版聖典609ページ)と示されました。

 「よばう」とは「呼びつづけて」という意味です。南無阿弥陀仏は、阿弥陀さまのよび声だということです。遠く離れたところからではなく、私の口を通して、「われを頼め」とよび続けてくださっているのです。

遠くでなく一緒に

 私が住む千葉県に、なでしこリーグのオルカ鴨川FCという女子サッカーチームがあります。「オルカ」の名前は、地元・鴨川市にある鴨川シーワールドのシャチ「オルカ」に由来していて、「シャチのように力強く突き進むチームになりたい」と名付けたそうです。「オルカ」は、「居(お)るか居らんか」という疑問符のことばでもあります。

 富山に嫁いだ娘が、幼児を連れて帰ってきた時のことです。日曜日に子どもを連れて近くのショッピングセンターに行きました。駐車場4000台、映画も20本上映しているといった大きなショッピングセンターです。

 娘は帰ってくるなり、「子どもが2回も迷子になった」と言いました。富山のショッピングセンターなら、子どもが「ママー、ママー」と叫べば声が届くのですぐ見つかるけれど、人が多くて大変だったというのです。

 娘が子どもを見つけて、「ここにいるよ」と声をかけると、子どもは、自分をひとりぼっちにさせたと怒ったそうです。離れた所からでは、条件により声が届かないこともあります。阿弥陀さまは、遠く離れた場所からではなく、南無阿弥陀仏となって、私をよび続けてくださっているのです。

 地球で迷子になった宇宙人と一人の少年の友情を描いた「ET(イーティー)」という映画があります。宇宙人のETが最後、星に帰る時に「I will stay in your mind」と言います。字幕には、「イツモ ココニ イルヨ」とありました。

 「南無阿弥陀仏」は、「イツモ ココニ イルヨ」というお慈悲の仏さまのよび声です。日常生活の中で、「南無阿弥陀仏」と、ご一緒してくださっているのです。

(本願寺新報 2019年11月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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