読むお坊さんのお話

ウィズ煩悩-つつしむ身となるのが念仏者のたしなみ-

満井 秀城(みつい・しゅうじょう)

本願寺派総合研究所所長職務代行・広島県廿日市市・西教寺住職

「いちいちのはな」

 心待ちにしていた親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要が、3月29日から、来る5月21日をご満座として始まりました。


 ご存じのように、5月21日は親鸞聖人の誕生日ですが、これは新暦に換算してのもので、旧暦では、今日4月1日です。もっとも、誕生日は、ご命日ほど確かではなく、『親鸞聖人正統伝』等の記述から、そう考えられています。


 毎年の宗祖降誕会も、にぎやかに営まれていますが、その法要中には、親鸞聖人が書かれた和讃を題材にした、「いちいちのはな」という仏教讃歌が歌われます。実は、「一々のはなのなかよりは」で始まる和讃は三首あるのですが、その連続する三首の第一首を歌詞にいただいています。


 宗祖降誕会で歌われる大橋博氏作曲の旋律は厳かで美しく、宗祖をお讃えするにはふさわしいです。ただ、私は個人的な思いとして、自坊のコーラス会では、♪春のうららの隅田川、で始まる滝廉太郎作曲の「花」のメロディーに乗せて歌いました。


 宗祖の和讃は今様の形式で書かれていますから、今様形式の曲とは、ピッタリ合うのです。例えば「黒田節」や、同じ滝廉太郎の「荒城の月」ともよく合います。「恩徳讃」は、「荒城の月」の旋律で歌いました。


 滝廉太郎の「花」は、ピアノ伴奏の部分も滝自身の作曲で、全体としては隅田川の流れを意識してか、なめらかなレガートの曲ですが、歌詞が始まる直前のピアノ伴奏部分の三連符は本当に秀逸で、自然とウキウキ感が沸き立ってきます。親鸞聖人のご誕生をお祝いするには、このウキウキ感が大好きです。


 「一々のはなのなかよりは」で始まる三首の和讃は、『無量寿経』の「華光出仏」の内容を詠まれたものです。「華光出仏」は、浄土に咲き誇る大きな蓮の花びらから放たれる幾種にも及ぶ多くの光から、多くの仏がたが出現されると説かれている一段です。この内容を受けた三首目の和讃では、「つねに妙法ときひろめ 衆生を仏道にいらしむる」(註釈版聖典564㌻)とあり、この世で妙法を説き示されたお釈迦さまも、浄土の華光から出現されたとわかります。


感謝と歓喜の毎日

 「ご誕生」の語は、昔は「ご生誕」と表記していた記憶があります。「誕」の字には、うそ、いつわりという意味があり、嘘、偽りのこの世にお生まれくださったという意味かと想像しています。まさに、「一切皆苦」「五濁悪世」のこの世にお出ましくださったのが親鸞聖人でした。


 そして、聖人が説き示してくださった念仏の教えによって、今の私たちが、「煩悩具足」の身で「苦悩の忍土」にありながら、「心多歓喜」の日暮らしを送らせていただいているのです。日々は苦悩に満ち、不平・不満の毎日が、「ありがたい」「もったいない」と感謝と歓喜の毎日に変えなされています。


 私たちの「煩悩具足」は、臨終の一念にいたるまで変わることはありません。そのことが、阿弥陀さまにどれほどのご心痛とご労苦をおかけしたことでしょう。申し訳ない思いでいっぱいです。このことに気づいた私たちは、「もっと困らせよう」と思うはずはありません。「もう、これ以上は困らせることはすまい」と、つつしむ身になるのです。それが、念仏者の「たしなみ」というものです。


 3年余りの長きにわたった、新型コロナウイルス感染症も、ようやく収束の気配を見せてきたように思います。世界中で猛威を振るった新型コロナですが、多くの国では、ウィズ・コロナへと舵を切り始めたようです。コロナウイルスへの注意と警戒感は忘れずに、上手に付き合っていく方向へと向かい始めました。


 私たちの煩悩も、死ぬまで居座り続ける厄介な客人です。煩悩のもたらす悪業や弊害に充分な注意と警戒感を忘れずに、「つつしみ」「たしなむ」生き方を、「ウィズ煩悩」の生活とでも言ってみてはどうでしょうか。「不断煩悩得涅槃」(煩悩を断ぜずして涅槃を得る)の生き方のことです。


 親鸞聖人は、お手紙の中で、「無明の酔ひもやうやうすこしづつさめ」(同738㌻)とお示しくださっています。


 本当に酔っている人ほど、「自分は酔っていない」と主張するものです。自身の無明の酔いに気づいた者は、少しでもわが身を「つつしみ」「たしなむ」ことができるはずです。だからと言って、善人になったなどと錯覚してはなりません。


(本願寺新報 2023年04月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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