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家庭での「報恩講」をお勤めいたしましょう!

2020/09/12

 「報恩講ほうおんこう」は阿弥陀如来あみだにょらい本願ほんがんのおこころを明らかにしてくださった宗祖親鸞聖人しゅうそしんらんしょうにんのご遺徳いとくしのび、そのご恩に感謝の思いからおつとめされる、もっとも大切な法要ほうようです。

 「報恩講」はお寺でお勤めされるだけではなく、古くから広くご門徒の家庭でもお勤めされてきました。地方によっては、「親の法事はもちろん大切だけど、報恩講はさらに大切」とまで言われるほどです。親の法事の他に、さらに「報恩講」が大切とは、どういうことなのでしょうか?その答えは、親鸞聖人の教えの中にあります。

 『歎異抄たんにしょう』は、親鸞聖人が「亡き父母の追善供養ついぜんくようのために念仏ねんぶつしたことは、かつて一度もありません」とおっしゃったと伝えています。そう聞くと、「親鸞聖人は親不孝だったの?」と思われる方がおられるかもしれませんが、そうではありません。『歎異抄』には、続けて「というのは、命あるものはすべてみな、これまで何度となく生まれ変わり死に変わりしてきた中で、父母であり、兄弟・姉妹であったのです。この世の命を終え、浄土に往生してただちに仏となり、どの人をもみな救わなければならないのです」と記されています。

 確かに、お父さん、お母さんこそが、直接に私に命をくださった方かも知れませんが、命の連続の中で考えるなら、すべての命はつながっているのです。私たちは、自然の恵みのもとで多くの命とつながり合い、はぐくまれています。そして、多くの方々の支えと仏さまのご縁に、いかされて生きているのです。

 このように、多くの命のつながりと、私の命の落ち着き先である浄土への道を示し、今の私を支えてくださる「畢竟依ひっきょうえ」(究極のりどころ)を示してくださったのが親鸞聖人でした。ですから、私たちは、阿弥陀如来のおこころを聞かせていただくとともに、親鸞聖人のお導きへの感謝の思いから「報恩講」を大切にお勤めしてきたのです。

 たくさんのご家族と一緒にお住まいの方、実家から離れ別の土地で世帯を持たれている方、マンションなどで一人暮らしをなさっている方、現代はさまざまな生活の形がありますが、念仏者として一番大切な「報恩講」をお勤めいたしましょう!

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