ご消息・ご親教

親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要 ご門主法話(ご親教)

ご親教2023/05/17

 本日は、親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要にようこそご参拝くださいました。

 去る5月5日、石川県能登地方を震源とする最大震度6強の地震が発生し、各地で家屋の倒壊や土砂崩れなどの甚大な被害をもたらしました。お亡くなりになられた方に(つつし)んで哀悼の意を表しますとともに、被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。住民の皆さまは、いまだに続く余震などで不安な日々をお過ごしかと思いますが、一刻も早く元の平穏な日常に戻られますことを心から願っております。

 また、新型コロナウイルス感染症の法律上の位置づけが季節性インフルエンザなどと同じ5類感染症となり、基本的感染対策が個人や事業者の自主的な判断に委ねられることになりました。本願寺におきましては引き続き感染対策を十分に講じながらご法要をおつとめしてまいりたいと思いますので、皆さまにはご理解ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

 新型コロナウイルス感染症によりお亡くなりになられた国内外のすべての方々に謹んで哀悼の意を表しますとともに、罹患(りかん)されている皆さま、後遺症を(わずら)われている皆さまに心よりお見舞い申し上げます。また、医師や看護師をはじめとする医療従事者の方々、ライフラインの維持につとめておられる方々に深く敬意と感謝を表します。

 さらには、ロシア連邦のウクライナ侵攻に対して、私たち念仏者は、『大無量寿経』(だいむりょうじゅきょう)に説かれる「兵戈無用」(ひょうがむよう)、親鸞聖人がお示しくださった「世のなか安穏なれ」(註釈版聖典784㌻)のお言葉を、あらためて深く心に刻み、武力による他国の主権の侵害を強く非難するとともに、一刻も早くウクライナに平和が訪れることを願ってやみません。

 これまでの私たちの教団の歴史を振り返りますと、その時々の社会状況のなかで、仏法の名において国家の植民地政策や戦争遂行に協力したり、また同朋教団を標榜(ひょうぼう)するにもかかわらず、今日まで部落差別やハンセン病差別などの差別や偏見を温存したり、助長したりしてきました。このように教団は、時の権力に翻弄(ほんろう)され、あるいはそれに迎合するなど、時代の波を乗り越えることができずに歴史を重ねてまいりました。

 このたびのご法要にあたり大切なことは、「一切(いっさい)有情(うじょう)はみなもつて世々生々(せせしょうじょう)父母(ぶも)兄弟(きょうだい)なり」(同834㌻)と述べて、いのちの尊厳と平等に基づき、他者への限りない共感を抱かれた親鸞聖人のお心に立ち返ることでありましょう。そのためには、私たち一人一人が、過去の過ちを繰り返すことのないよう歴史を振り返り、いのちの尊厳を傷つけ、妨げているものをしっかりと見抜いていかなければなりません。

 これからの時代においても、浄土真宗のみ教えが広く、また正しく伝わるよう、私は今年の御正忌報恩講法要(ごしょうきほうおんこう)ご満座に続いて、「新しい「領解文」(りょうげもん)(浄土真宗のみ教え)についての消息」を発布いたしました。

 今日、核家族化や少子高齢化、過疎化など社会構造が急速に変化し、従来のように地域社会のなかで、また世代間を通して、み教えが伝わっていくことが非常に困難になってきています。このように社会状況や人々の意識が変わるなか、み教えを誰もが理解できるように、わかりやすく、時代に合った言葉で伝えていくことが、伝道教団である私たちの使命であると言えましょう。

 親鸞聖人は『御消息』の中で、「浄土真宗は大乗(だいじょう)のなかの至極(しごく)なり」(同737㌻)と述べられています。大乗のなかの至極とは、大乗仏教の根本精神である智慧(ちえ)と慈悲、自利と利他が、究極的に一つのこととして成り立つ根底にまで至ることであり、このような立場が、「生死即涅槃」(しょうじそくねはん)とか「煩悩・菩提体無二」(ぼんのう・ぼだいたいむに)(同584㌻)といった仏智(ぶっち)の側の言葉で語られます。そして、ここにおいて、名号による阿弥陀如来の「そのままの救い」が、煩悩を抱えた私の身の上で成り立っているということができます。

 浄土真宗は他力回向(えこう)の信心をいただいて、凡夫(ぼんぶ)は凡夫のままに、そのお慈悲によって救われるというみ教えです。しかし、み教えに出()う前と後で全く同じということではありません。如来のおさとりの真実に遇わせていただくことで、これまでとは全く違った新しい生き方が始まります。それは、自分だけの安穏を願うような自己中心的な生き方から、全ての人の苦悩を自らの苦悩とするような生き方への転換です。そして、そこから仏恩(ぶっとん)念報(ねんぽう)しつつ、そのお心にかなうよう精進努力する念仏者の生き方が開かれてくるのであり、その精進努力するままが、如来のお慈悲によって生かされている姿なのです。

 このたびの、新しい「領解文」(浄土真宗のみ教え)が、従来の『領解文』の精神を受け継ぎ、智慧と慈悲という如来のお徳を慕いつつ、仏智に教え導かれて生きる念仏者の確かな指針となりますことを願っております。そしてこれからも、「世のなか安穏なれ、仏法ひろまれ」と願われた親鸞聖人のお言葉を胸に、すべての人々が心豊かに生きていける社会の実現に向け、ともどもに歩みを進めてまいりましょう。

 本日はようこそお参りくださいました。

本願寺新報2023(令和5)年 6月1日号掲載