この命を生きる意味 -迷いの世界であることを知らない私-
貫名 譲
大阪大谷大学教授 広島市・浄満寺住職

夏を生きるセミ
今年の夏は、本当に暑かったですね。私も外に出ただけで、どっと汗がふき出すありさまでした。普段であれば、「おはようございます」「こんにちは」と挨拶を交わす方でも、第一声は「暑いですねえ」でした。この暑さに参ったのは、人間だけではないようです。夏を生きるセミも、日中はじっとしていて、夜のすずしくなった頃に活動をしていたようです。
さて、セミといえば、私は子どもの頃、夏休みになると毎日のようにセミを捕って遊んでいました。多いときには虫かごいっぱいになり、玄関先で「ジリジリ」「ミーン、ミーン」とセミの大合唱です。しかし、次の日にはほとんどのセミが亡くなってしまいます。
セミを無理やり捕ってきて、かごに押し込めておきながら、「セミはわずか1週間の命しかない。かわいそうだなあ。私には来年も再来年もあるのになあ」と他人事のように思っていました。
やがて大学に進み、それなりの大学生活を送っていましたが、何かに一生懸命取り組むわけでもなく、平々凡々の毎日を過ごしていました。
ところが、学生生活も後半にさしかかった頃です。授業でお聖教(しょうぎょう)を読んでいて、かつて私がセミに向けた言葉が、そっくりそのまま私に突き返されたように感じました。
それは、曇鸞大師(どんらんだいし)が著された『往生論註(おうじょうろんちゅう)』を読んでいたときのことです。
「『蟪蛄(けいこ)は春秋(しゅんじゅう)を識(し)らず』といふがごとし。この虫(むし)あに朱陽(しゅよう)の節(せつ)を知(し)らんや。知るものこれをいふのみ」
(註釈版聖典七祖篇98ページ)
これは、「セミ(蟪蛄(けいこ))は夏しか生きられないので、春とか秋を知らない。夏以外の季節があることを知っているものが、セミは夏しか生きられないと言えるのだ」という意味です。
セミが鳴くたびに
私たちは、自分たちが生きているこの世のことしか知りませんし、見ていませんが、それでは、なぜ私がこの世に生まれてきたのか、その本当の理由に気づくことができません。
大学生活を適当に過ごしていた私は、夏しか知らないセミと同じだったのです。学生生活しか見ていなかった私は、学生生活の大切さを見失っていました。
「このままでは人生も無駄に終わってしまう」
そう感じました。
「どうにかしないと」と思いましたが、いくら考えても、私の力では何も見えてきません。それで、あらためてお聖教(しょうぎょう)と向き合い、阿弥陀如来のみ教え、親鸞聖人のご領解(りょうげ)を尋ねてみました。
親鸞聖人も若い頃、「どのように生きたらよいのか」がわからず、迷っておられました。しかし、親鸞聖人は法然聖人との出あいを通して、阿弥陀如来のみ教えに出あわれました。そして、ご自身を凡夫(ぼんぶ)(愚者(ぐしゃ))、この世を「火宅無常(かたくむじょう)の世界」と見られ、お念仏の道を生き抜かれました。
親鸞聖人は「わたしどもはあらゆる煩悩(ぼんのう)をそなえた凡夫(ぼんぶ)であり、この世は燃えさかる家のようにたちまちに移り変(かわ)る世界であって、すべてはむなしくいつわりで、真実といえるものは何一つない。その中にあって、ただ念仏だけが真実なのである」(現代語版『歎異抄』50ページ)とおっしゃいました。
私は、「人は、阿弥陀如来のみ教えにあわせていただき、お念仏を称(とな)えさせていただいて、少しずつだけれども、この世の命を生きる意味に気づくことができるようになるのだ」と思えるようになりました。
今年もセミの声を聞きました。『往生論註』の意味とは少し違いますが、セミの鳴き声を聞くたびに、「私はこれでいいのか」と自問しています。セミに「私は今年の夏しか生きられない。でも今を一生懸命に生きているぞ。おまえも頑張れ!」と励まされているようにも感じています。
私たちは、「いま」をどのように生きるかが、とても重要になってくると思います。親鸞聖人は「阿弥陀如来のみ教えにあわせていただくことによって、この世の命を終えたら、お浄土に往生させていただけるのですよ」と教えてくださいました。
親鸞聖人のみあとを慕(した)い、お念仏の日暮らしを送りたいと思いつつ、暑かった夏の終わりを迎えようとしています。
(本願寺新報 2018年09月01日号掲載)
本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より
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