めでたきは無量寿のいのち -長寿時代を生きる「意味」再発見-
渡辺 悌爾
三重大学名誉教授 三重県四日市市・善正寺住職

人生の方向転換
『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット共著)という本が話題です。
共にロンドン・ビジネススクール教授である二人の著者は、長寿社会の到来と新しい生き方を提案し、特に世界トップクラスの長寿国・日本には、「教育?仕事?引退」、すなわち「晩年は余生」という古い生き方から転換し、世界の先頭に立ってほしいと「日本語版」の中で期待を寄せています。
日本は100歳以上の人がすでに6万人以上ですが、国連の推計によれば、2050年には100歳以上人口は、100万人を突破する見込みです。
しかし、不老不死などあり得ないのは百も承知のはずであり、「生死(しょうじ)出(い)づべき道」が聞き開かれてこそ、本当にめでたき人生と言えるのではないでしょうか。
かつて、長らくお寺の門徒総代をおつとめくださった方のご家族から、俳句や短歌など、心の糧となるメモ書きのノートをいただきました。病気の治癒を断念して緩和ケア病棟に移られた直後にお見舞いした時、「伝道教化に役立ててください」と遺言された法味(ほうみ)あふれる宝庫のようなノートです。
「一杯の水も仏の涙かな」という俳人・種田山頭火(たねださんとうか)の俳句や、前住職であるわが父が晩年に詠(よ)んだ一句、「冬もみじ母なる浄土(つち)に召され往(ゆ)く」という俳句も書き留められてあります。
「この命は枯(か)れて舞い散るもみじ葉のようであるが、その大地はお浄土だから大安心だ」という父の心に共感してくださっていたのだな、と懐かしさを覚えました。
この方は、気に入った誰かの言葉をメモするだけでなく、自作の俳句や短歌も残してくださいました。
「喜寿(きじゅ)米(べい)寿白(はく)寿百寿も何のその 我(われ)は無量寿ナモアミダブツ」。これは、喜寿を迎えた頃に詠まれた歌です。
77歳の喜寿を祝ってくれるのは有り難いことで、さらに米寿までなどと言われるのはうれしいけれど、所詮は限りある行き止まりの人生なのだ。本当にめでたいのはお浄土に生まれ、仏さまにさせていただくいのちである。この世の命が終わっても無量寿のいのちを賜(たまわ)る身にさせていただけることほどめでたいものはない、という「現生正定聚(げんしょうしょうじょうじゅ)(必ず仏に成る身に定まっている)」の喜び、安らぎの心が詠まれています。ここに「生死(しょうじ)を超えて往(ゆ)く意味」を学ぶことができます。
念仏喜ぶ者の利益
親鸞聖人は、平均寿命が40歳にも満たないであろう時代に90歳の長寿を全うされましたが、それは「生死出づべき道」のお手本とも言える無礙(むげ)の白道(びゃくどう)でありました。
聖人が『教行信証』に説かれる「現生(げんしょう)十種の益(やく)」(註釈版聖典251ページ)は、浄土に至る人生の尊い「意味」を体験的に明らかにされたのでした。
①冥衆護持(みょうしゅごじ)の益(やく)(目に見えない方々に護(まも)られる)、②至徳具足(しとくぐそく)の益(この上もなく尊い功徳が身にそなわる)、③転悪成善(てんあくじょうぜん)の益(罪悪(ざいあく)を転じて念仏の善と一味(いちみ)になる)と順に示され、⑧知恩報徳(ちおんほうとく)の益(如来の恩を知らされ報謝の生活をする)、⑨常行大悲(じょうぎょうだいひ)の益(如来の大悲を人に伝えることができる)、⑩正定聚(しょうじょうじゅ)に入(い)る益(仏になると定まった正定聚の位(くらい)に入る)と十種をあげられています。
先ほどの門徒総代の方も、両親を相次いで亡くされ、弟や妹の結婚など、長男としてその面倒をみてきた苦労人ですが、早くから聴聞のご縁を重ねられました。
さらに、掲示板の法語を自筆で書いて、伝道活動への協力を惜しまない方でした。
「世の為(ため)、人の為などと世間では言うが、人に為をつけると偽(にせ)ものになる」と自省され、ご恩報謝に励まれました。
そして「他人事(ひとごと)が我(わ)が事となる浮世かな」という句を胸に、限りある命を自覚し、仏法の余韻を残してお浄土に旅立たれました。
人生は長さだけではない。大慈悲心のお育てをいただき、生死を超える道に目覚めてこそ、「生かされて有り難う」「また遇(あ)える世界がある」とうなずいていけるのです。
この方は「ライフ・シフト」すなわち、「生の意味、死の帰する処(ところ)」を教えてくださったのですね。
(本願寺新報 2018年07月20日号掲載)
本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より
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