読むお坊さんのお話

代われないいのち -あなたよりあなたを思う方がいる-

高務 哲量(たかつかさ てつりょう)

布教使 福井市・千福寺住職

同じ重さと値打ち

 評判になった映画「この世界の片隅に」を観ました。戦前・戦中・戦後の困難な時代を生き抜いた一人の女性を通して、淡々と、しかし前向きに生きようとする人たちを描いたアニメーションです。

 タイトルのとおり、「この世界の片隅に」あるありふれた人生を、それでも必死に生きる姿に焦点をあてたとき、一人一人がその人にしか生きられないいのちのドラマを精いっぱい生きているんだという、至極当たり前の事実をいまさらながら感じさせられました。

 私たちは、いのちの尊さをあらわす時に「かけがえのないいのち」ということを口にします。かけがえがないとは文字どおり「掛け替え」、つまり代わりがないということにほかなりません。カレンダーも掛け時計も、時期が過ぎたり、修理しても動かなくなったらかけかえます。役割を果たせなくなったら無用の長物、いらないものになってしまいます。つまり役に立つか立たないかが物や道具の価値を計る物差しなのです。

 それに対していのちは、代わってくれるものがないという特質をもつものだといえるでしょう。物や道具と同じく、社会的地位や役割もすべて代理がきくのです。副のつく役職があるというのがその証拠です。代わってその役割を果たす人がいるわけです。

 でも、いのちそのものは誰も代わってくれません。お経(きょう)にはこのことを「無有代者(むうだいしゃ)」(代(か)わる者(もの)も有ること無し)と説かれます。

 仏教は代わるものがいないというこの一点において、すべてのいのちは等しく同じ重さと値打ちをもつものと教えてくれます。

 私がこの世から消え去っても、社会は何事もなかったかのように昨日と同じく過ぎていくのでしょう。しかし、私の存在をこころから大切に思ってくださっている人から見たら、私がいるのといないのでは世界は一変してしまうほどの大事件なのです。大切に思うとはそういうことでしょう。

知恵と慈悲を実感

 このたびの伝灯奉告法要の協賛事業として募集された「今 あなたに 伝えたい言葉」の最優秀賞に選ばれたのは「あなたよりあなたを思う方がいる」という言葉でした。

 私のいのちの大切さは自分自身が一番よく知っていると思っていましたが、どうもそれは危(あや)ういようですね。物事が順調にいっているときにはいのちは大切といいながら、逆境に立たされると反対のことを、つまり自分の存在がひどくつまらなくて意味のないもののように思われたことはないでしょうか。

 「あなたよりあなたを思う方がいる」という言葉は、どんな時でも変わることなく私を大切に思い続けている方がいてくださるということを伝える言葉と味わいました。そんなまなざしが私の上に注がれ続けていたのですね。

 お経やお正信偈(しょうしんげ)に「覩見(とけん)」というお言葉が出てきます。目を凝(こ)らしてじっと見るという意味ですが、仏さまが私たち一人一人のいのちを慈愛を込めてご覧になるまなざしのことです。

 まさに世界の片隅に生き、歴史にその名を刻むこともなく、あるいは生きた痕跡(こんせき)すらとどめることなく終わっていくのが私のいのちのありようなのでしょう。

 また、お経にはそのような存在を「群萌(ぐんもう)」とも説かれています。しかし、群(むら)がって生(は)えてくるようないのちを雑草のように十把(じっぱ)ひとからげにご覧になるのではなく、一本一本、一人一人の存在を誰よりもいとおしむように大切に覩見してくださる方がいてくださることを知らされたとき、いのちのかけがえのなさ、その尊さと重さに、これ以上ない安らぎと厳しさを思います。

 親鸞聖人は正信偈に、このまなざしを「大悲無倦(だいひむけん)」とお示しになられます。

 先年ご往生を遂げられた恩師・梯實圓和上(かえはしじつえんわじょう)は、大悲無倦のお言葉をこう味わってお示しくださいました。

 「如来さまの厳(きび)しい智慧(ちえ)の眼(まなこ)と、暖かい慈悲のまなざしに見守られていることを実感するものは、傲慢(ごうまん)にもならず、卑屈(ひくつ)にもならず、遠慮(えんりょ)もせず、気ままもせず、おおらかに、しかし慎(つつし)みぶかく生きようと心がけます。そして死は浄土に生まれていく機縁であると領解(りょうげ)して、死を受容することともできます」

(本願寺新報 2017年03月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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