読むお坊さんのお話

阿弥陀さまの処方箋 -「無自覚性自己中心症候群」の私へ-

菅原 昭生(すがわら あきお)

島根県大田市・西楽寺住職 布教使

"ほんとうの私"

 あるお医者さんから聞かせていただいた話です。60歳くらいの男性患者さんが顔をしかめて、お腹(なか)を押さえながら診察室に入って来ました。

 患者「先生、ワシはどうも肝臓が悪いようです。すみませんが肝臓の薬を出してください...」

 医師「えっ? まだ肝臓かどうか、わからないでしょ。まあ、とにかくここに横になってお腹を診(み)せてください。(患者のお腹を押さえながら)ここはどうですか? ここは...?」

 患者「そ、そこ...、そこが痛いんです」

 医師「ほらほら、ココは肝臓じゃありませんよ。腎臓が腫(は)れていますね」

 おそらく、この患者さんは、「若い頃から毎晩酒を飲み続けてきた自分のことだから、腹が痛くなったのは肝臓の病気のせいだろう」と自分の知識で診(み)たてたのでしょう。そんな患者さんが言う通りに肝臓の薬を出したとしても、腎臓の病気は治りません。

 診たてるのは、きちんと医学を学び、確かな医術を身に付けた医師にお任せしたほうがよいでしょう。そして、医師から自分の病気に応じた薬を処方してもらって、病気を治すことができるのです。

 同じように「ほんとうの私」もまた、自分で診たてたのでは、わかりません。

 あるお寺の掲示板にあった「人間みんな裁判官。他人は有罪。自分は無罪」という言葉のように、自分の診たては、どこまでも自分中心で、ご都合次第で変わる、いい加減なものです。

 ですから、仏さまの教えをお聴聞(ちょうもん)することは、「自分の物差し」で自分を省(かえり)みる「反省」とは違います。間違いのない仏さまの智慧(ちえ)によって診たてられた、自分では気づくことのできない「ほんとうの私」を知らされることでしょう。

私のための六字丸

 親鸞聖人は、阿弥陀さまが診たててくださった私の姿を、「無明煩悩(むみょうぼんのう)われらが身(み)にみちみちて、欲(よく)もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終(りんじゅう)の一念(いちねん)にいたるまで、 とどまらず、きえず、たえず」(註釈版聖典693ページ)と『一念多念証文(いちねんたねんしょうもん)』にお示しくださいました。

 ちなみに、阿弥陀さまの診たてによる私のカルテにある病名を味わってみますと、「無自覚性自己中心症候群」「先天性不治癒型悪性傲慢(ごうまん)炎」、そして「瞬間湯沸器(ゆわかしき)型地獄直行性立腹病」など、次から次に出てきます。

 そんな私に対して、阿弥陀さまの処方箋(せん)によって調(ととの)えられた薬が「南無阿弥陀仏」の名号です。

 その主成分は、私にはとてもできない修行や善根(ぜんこん)の功徳(くどく)です。ちょっと善(よ)い行(おおな)いをしても相手からお礼がなければ腹を立てたり、修行を10年すると、3年の修行をした人に対して7年の差を威張ってしまう「重病人」の私のための薬です。

 その薬を服用する(念仏申す)とき、不治癒型の(治ることのない)病気を抱えたまま、いのちいっぱい自分の人生を引き受けて歩んでいくことができます。そして、この命が尽きるとき、すべての病気から解き放たれ、死なないいのちを恵まれます。

 昔の先輩はこの南無阿弥陀仏のことを、飲むだけでよく効(き)く丸薬(がんやく)にたとえて、「六字丸」といわれました。

 一錠(じょう)の新薬が出来上がるまでには、その研究・開発のために膨大な時間と手間が費やされると聞きます。

 南無阿弥陀仏の六字丸も、聖典のお言葉に引き当てていうならば、阿弥陀さまの「五劫(ごこう)」「兆載永劫(ちょうさいようごう)」という思いも及ばないほどの永い時間にわたる「思惟(しゆい)」(研究)と「修行」(開発)によって仕上げられました。

 しかし、どれほど薬の効能や成分を理解したとしても、それを飲まなければ病気は治りません。同じように「南無とは...」「 阿弥陀とは...」と、南無阿弥陀仏の説明で本が一冊書けたとしても、この私が迷いから離れることはありません。

 六字丸は、飲みやすい糖衣(とうい)錠のように称えやすい言葉として処方されています。薬を口に飲むように、ナモアミダブツ、ナモアミダブツとお念仏申す中に、この私を心配し、「われにまかせよ。必ずすくう」と、よび続けてくださる仏さまの願いをいただくのです。

(本願寺新報 2017年01月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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