読むお坊さんのお話

泥の中に咲く蓮

荒本 由未(あらもと ゆみ)

島根・西臨寺住職

鈴木大拙の著書を

 目がさえて眠れず、テレビをつけました。新春特別番組の再放送が流れていて、そのまま画面をぼんやり眺めていました。4人のゲストがそれぞれ1冊の本を紹介し、日本人について考察するという内容でした。

 そのうちの一人が、鈴木大拙先生の著した『日本的霊性』を紹介しました。

 「ひょっとしたら浅原才市(さいち)さんが登場するかもしれないぞ」と期待しながら見続けました。

 私が住む島根県は、才市さんのふるさとです。隣の町が才市さんの暮らした町・温泉津(ゆのつ)です。今もお念仏の土徳(どとく)が薫(かお)る土地柄です。その才市さんを世に広く紹介したのが、世界的な宗教学者の鈴木大拙先生です。

 やがてテレビ画面に石州(せきしゅう)瓦の町並みが映し出され、「ああやっぱり才市さんが出るぞ。うれしいなぁ」と思いました。

 テレビには才市さんの写真とともに肖像画が現れました。肩衣(かたぎぬ)を着け念珠をかけて合掌した小柄な姿、柔和な顔の才市さんです。そしてその頭から2本の角(つの)が生えています。地元の画家が才市さんの姿を描いたところ、才市さんは「これはわしじゃない」と言って、鬼を表す角を描き加えさせたといいます。

 才市さんの鬼の姿から、手帳に記していた俳句を思い出しました。数年前の新聞に紹介されていたものです。

 犬抱けば犬の目にある夏の空(高柳重信)

 犬をわが手に抱き、つぶらな瞳(ひとみ)をのぞいてみれば、その目に夏の空が見えた。犬の目にはもちろん、抱いている者の姿が映っています。犬の目は、風景も私をも写す鏡です。

 私が阿弥陀さまに出あい、阿弥陀さまのこころをわが身に受け取ったならば、阿弥陀さまの眼(まなこ)に写る私の姿が発見されます。阿弥陀さまがご覧になっている姿を、才市さんは角の生えた鬼の姿で表したのでした。

  なむあみだぶつは
  よいかがみ
  法もみえるぞ
  機もみえる
  あさましあさまし
  ありがたい
  あみだのこころ
  みるかがみ

鬼の私を救い取る

 才市さんは南無阿弥陀仏に出あえたよろこびを、こうして詩(うた)にしてたくさん残しました。自分は一皮むけば、本当の姿は鬼。偽(いつわ)りなくそのままを映し出す法の鏡の前に立って知らされる鬼の自覚でした。

 しかし、その鬼を助けるはたらきが、すでに自分に届いていた。自分のために届けられていた。鬼の私を救わねばならぬと、この私のために阿弥陀さまが、自らの存在を南無阿弥陀仏と名のられた。そして今ここに、南無阿弥陀仏は私をはたらき場所として共にある。あさましい鬼の私が、阿弥陀さまの救いの目当てであったとは。なんとありがたいことか。念仏申す身になって気づかされた。鏡が気づかせてくれた・・・。

 阿弥陀さまのおこころをいただきながらお念仏申し、日々の生活を正直に生きた才市さんでした。

 深夜のテレビを見続けていると、司会者が「初めて聞いた言葉です」と言いました。それは「妙好人(みょうこうにん)」という言葉です。

 お釈迦さまは『観無量寿経』の終わりに「もし念仏するものがあれば、それは人間の中でも分陀利華(ふんだりけ)である」とおっしゃいました。分陀利華とは白蓮華(びゃくれんげ)のことです。念仏者を「蓮華」といわれたのでした。

 蓮華は泥(どろ)の中に咲くけれども泥に染(し)みず、清らかに咲き誇ります。善導(ぜんどう)大師はこれを解釈して、妙好人、上上人(じょうじょうにん)、希有人(けうにん)、最勝人(さいしょうにん)といわれています。

 親鸞聖人は『入出二門偈(にゅうしゅつにもんげ)』の中で曇鸞(どんらん)大師のお言葉をお引きになり、「淤泥華(おでいけ)といふは、『経』(維摩経)に説いてのたまはく、高原の陸地(ろくじ)には蓮(はちす)を生(しょう)ぜず。卑湿(ひしゅう)の淤泥(おでい)に蓮華を生(しょう)ず」(註釈版聖典549ページ)と示されました。

 番組の終盤、妙好人・才市さんの話の最中、一人のゲストが「そういえば昔、亡くなった母親が『なんまんだぶ、なんまんだぶ』とつぶやいとったなあ」とぽつりと発言しました。それがとても心に残りました。深夜、興味深く見終わった時には、時計はすでに2時をまわっていました。

(本願寺新報 2015年02月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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