読むお坊さんのお話

唯可信...ただ信ずべし

松岡 満優(まつおか まんゆう)

布教使

この命と引き換えても

 私には「唯(ゆい)」という4歳の娘がいます。正信偈(しょうしんげ)の最後のご文「唯可信斯高僧説(ゆいかしんしこうそうせつ)」からいただきました。唯は生後8カ月の時に危篤に陥りました。原因不明のおう吐を繰り返し、意識不明になりました。

 地元の病院では「原因がわからないんです。ただ血液検査の結果、極端に酸性に傾いています。これは身体に毒素が溜まっているのです。恐らく代謝の異常だと思われますが、群馬には代謝の専門チームがありません。このままでは大変危険です。栃木の医科大病院には専門チームがありますので、今から唯ちゃんをそちらに搬送します」と言われました。

 今思えば、この時の医師の説明などほとんど耳に入らず、手を握るわが子の脈が弱くなっていくこと、体温が下がり手の温もりを感じられなくなっていく現実に、「たのむから助かってくれ! 私のこの命と引き換えでもいいから助かってくれ!」と思うばかりでした。

 小さな身体が担架に乗せられて付き添う妻とともに救急車の中に消えて行きました。

 医師から「お父さんしっかりしてください! 唯ちゃんが無事に到着できるかどうかは五分五分です。私も救急車に乗り、精いっぱい努力します!」と告げられた時には、腰から下の力が抜けていくのを感じました。自分の車を運転し群馬から栃木に向かう車中、考えたのは「どうしたらいいんだ...どうしたらいいんだ...」ばかりでした。

 病院に着き病室に駆け込むと、唯は数人の医師に囲まれて懸命に小さな呼吸をしてくれていました。医師や看護師さんの必死の治療のおかげで、3日目に意識を取り戻してくれました。しかし、病名は不明のまま。尿や血液を全国の病院に送り、検査をする日が続きました。

どうであろうとも

 約1カ月後、医師から妻と私に説明がありました。

 「まず、唯ちゃんの病名が判明したことを幸いと言わねばなりません。というのも、この病気は数年前までSIDS(乳児突発死症候群)に含まれていたものですが、医学の発達により病名が明らかになりました。

 メチルマロン酸血症と呼ばれるものです。健康な人は、食事をすると、それを分解・吸収し、排泄します。ですが、この病気の人は、個人差はあるものの、1日でタンパク質を体重1キロに対して1グラムまでしか分解できません。唯ちゃんの体重が約10キロですから、タンパク質は10グラムまでしか分解できないということになります...。

 10グラムというのは牛乳1本に含まれる量です。肉やお魚を食べたいだけ食べるというわけにはいかないんです。そして日本には120人しか患者さんがいないので、臨床例も極めて少なく、われわれも手探りで治療をしていくことになります」

 説明を聞き終え、妻を唯の付き添いで病院に残してから、ひと月ほど家で一人で過ごしました。その間、私が考えたのは、「唯は...いつまで生きることができるんだろう? 唯は...普通の生活が送れるんだろうか? 唯は...学校に行っても給食は全部食べられないだろうなあ...給食を食べられないとイジメられたりするのだろうか?」。

 毎日そんなことばかり悩んでいました。唯が退院してきた晩、唯を寝かしつける妻の背中に、抱えていた不安をすべてぶつけました。
すると妻は、ゆっくり振り返って満面の笑みで「唯は唯ですから...」と答えてくれました。

 その時、私はハッと気付かされたのです。布教先では「青色青光(しょうしきしょうこう)・黄色黄光(おうしきおうこう)・赤色赤光(しゃくしきしゃっこう)・白色白光(びゃくしきびゃっこう)......青は青色に輝けばいい、黄色は黄色に輝けばいい、赤は赤のまま輝けばいい、白はそのまま真っ白に光ればいい」などと、お釈迦さまの言葉を引用して自ら語っておきながら、わが子のことになると、この子の色以外の色に光ってほしいなどと考えてしまう自分がいる。そうだった、唯は唯のまま輝けばいい! 妻の笑顔に涙をこぼした私でした。

 「唯可信(ゆいかしん)...」-ただこの高僧の説を信ずべし。唯-ただ-とは何となくではありません。無気力ということでもありません。己(おのれ)のはからいを超えた「他力」の世界にまかせきるということです。「どうしたらいいんだ」ではなく、「どうであろうとも」それを確かに引き受けていく...。唯ひたすらに南無阿弥陀仏とともに強く明るく...。

(本願寺新報 2014年01月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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