読むお坊さんのお話

安心して悩む

赤松 信映(あかまつ しんえい)

本願寺派総合研究所研究助手

お仏飯で育つんじゃ

 先日、あるお宅で報恩講のおつとめをした時のことでした。お茶をいただきながら話をしていますと、そのお宅のご年配の女性から突然、「私はあんたのおしめを取り替えたこともあるんよ。それもバスの中で」と言われました。そんなご冗談を・・・と思いながら続きを聞きました。

 私のお寺では毎年、本山へ団体参拝を行っているのですが、二十数年前、まだ幼かった私も一緒に参加したようでした。おしめの卒業が少し遅れていた私は、予想通り、バスの中でしてしまったらしいのです。

 予想していたものの慌てる母を察してか、周りのベテランの女性方が揺れる車中で手際よく私のおしめを取り替えてくれたそうです。話を聞き終わるや、あまりの恥ずかしさに私は耳の先まで赤くなりましたが、その方は「ええ思い出です」とにこやかにおっしゃいました。

 また、私が生まれて間もない頃、「跡取(あとと)りが生まれたんじゃね。よかったね」と皆さんが言ってくださったそうですが、そんな言葉を聞いて過ごした私は、幼稚園に入り、将来の夢を絵に描こうというとき、何を勘違いしたのか「鳥」の絵を描いたそうです。お寺に参られた方々は、私が自慢げに示したその絵を見て、「アトトリを鳥じゃと思うとるよ」と皆で笑った、というお話も披露してくださったのです。

 このような話を聞くと、周囲の方々の願いとお育ての中にいること、「あんたはお仏飯で育つんじゃよ」と言われたその意味を、あらためて感じることができます。
そんな幼少期を過ごした私も次第に大きくなりますと、自我の芽生えとともに、何でも自分で決め、自分でしないと気がすまなくなってきました。

 以前は父が「今年も京都へ団体参拝に行くぞ」と言ってくれるだけでうれしくてたまらなかったのに、「本山のお参りすんだらどこへ行くの?ほかにも楽しい所へ行こうよ」などと、父や母に注文をつけるようになりました。中学生の頃には、お坊さん以外にも何か進路があるんじゃないかと悩むようになり、理由もなくふてくされることも多かったように思いますし、次第にご門徒の方々を避けるようになっていたようです。

決して捨てはしない

 ある時、そんな私にあるご門徒さんが、「どんな道に進んでも、ちゃんと見ておるよ、しっかり悩んで思うことやりなさい。大丈夫じゃ。心配せんでええ」と言ってくださいました。その時、お坊さんにならなきゃいけないんだと思っていたプレッシャーが、すっと消えたような気がしました。
おかげさまで、今、私は僧侶として歩んでいますが、そのひと言がなかったら、どのような人生を歩んでいたかわからなかったと思います。

 親鸞聖人は、ご和讃に、
  十方微塵(じっぽうみじん)世界の
  念仏の衆生をみそなはし
  摂取(せっしゅ)してすてざれば
  阿弥陀となづけたてまつる
  (註釈版聖典571ページ)

 と示されています。そして「摂取」の文字の左側に「ひとたびとりて永く捨てぬなり。ものの逃(に)ぐるを追(お)はへとるなり」と註釈を施されています。

 阿弥陀如来は、私たちをお慈悲に包み込んで永遠に捨てられない。逃げる私を追いかけて救い取ってくださる。だからこそ、「阿弥陀」とおよびするのだといわれます。

 私たちが起こす願いは、どのような努力をしても我執を離れることができません。時にはその願いが他者に思わぬプレッシャーをかけることもあるでしょうし、思い通りにならないことに腹を立ててしまうこともあります。如来さまが私たちにかけてくださる願いは、どのようなことがあろうと決して捨てぬとはたらかれている温かいお慈悲なのです。

 如来さまのお慈悲にあわせていただきながらも、煩悩に惑わされ、お慈悲を忘れ、如来さまにまかせきれず、ジタバタともがき、逃げ回り、悲しみに沈んでいるような時もあります。そんな私たちをも追いかけて、お慈悲に包み込もうとされるのです。なんと有り難い如来さまでしょうか。必ず救う、捨てぬと誓われ、どこまでもどこまでもはたらかれるそのお慈悲があるからこそ、安心して悩むことができるのです。

(本願寺新報 2013年01月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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