最後のお弁当
小泉 信了
兵庫・浄泉寺住職

私は自称シンガーソングボンサンとして、自作の歌や替え歌をギター弾き語りで法話に挟み、み教えを味わい伝えています。その中で毎年、梅雨の時期になると思い出す悲しい出来事と歌があります・・・。
忘れられない歌
西井真菜実ちゃんは、じょうせん保育園に通うとっても明るくかわいい女の子でした。
5歳の誕生日が過ぎてすぐの暑い暑い6月最後の土曜日の午後。当時は、まだ学校週休二日制実施前のことです。お昼すぎに保育園からおうちに帰った真菜実ちゃん、お昼ごはんもそこそこに「行ってきまーす!」と仲の良いお友達と遊びに出かけました。梅雨の合い間の快晴の午後、気の早いセミの鳴き声が響く中、田植えが終わったばかりの田んぼの中のあぜ道をお友達と走りまわっている姿が、近所の人たちの見た最後の真菜実ちゃんの元気な姿でした。
その日の夕方、近くの小さな公園にあるブランコから落ちて頭を打ち、意識不明になってしまったのです。救急車で病院に運び込まれ、すぐさま手術を受けましたが、すでに脳死状態でした。病室のベッドに寝かされた真菜実ちゃんの姿は、人口呼吸器から伸びた透明パイプが口に固定されている姿が痛々しく、また規則的に「プシュー・・・プシュー・・・」というポンプ音に合わせた胸の動きが不自然なほかは、体温や皮膚の色も普段のまま・・・閉じた目も少し涙で濡れていて、とてもすでに死亡しているとは思えませんでした。
わが子の額(ひたい)を撫(な)でながら「痛かったら我慢しなくていいよ。いつもは頑張り屋さんの真菜実だけど・・・今日は泣いてもいいんよ」というお母さんの呼びかけに、今にも甘え声で泣き出しそうな・・・まさに眠っているような姿でした。家族中つきっきりの看病の末4日目の夕方、とうとう人口呼吸器が外され、お別れの時がきました。
次の日にお通夜、その次の日がお葬式でした。親類、縁者、村中の人々や保育園のお友達・家族など、数百人の見送りの中で読経が終わり、やがて火葬場へ出棺。子ども用の棺(ひつぎ)は切ないほどの小ささでした。
1.ここは御浄土(みくに)を何億土(なんおくど)
離れて遠き苦の浮(う)き世(よ)
わずか5歳の娘でも
無常(むじょう)の風にさらわれる
2.思えば悲し今しがた
元気に遊びに出たものを
事故の知らせに駆けつけば
泣き叫びさえしてくれぬ
3.これが我が子の見納めと
夜どおし眠らず4日間
どうか夢であってくれ
誰か嘘(うそ)だと言ってくれ
4.かわいい着物に薄化粧
帽子におもちゃにお人形
最後のお弁当持たせつつ
この母さんを忘るるな
5.あきらめきれぬ別れでも
また会う浄土(くに)があると聞く
静かに名号称(みょうごうとな)えれば
浮かんできますあの姿
聞こえてきますあの声が
聞こえてきます・・・
あの声が・・・
(戦友の節でギター弾き語り)
そのお弁当のおにぎりは、真菜実ちゃんが見て喜ぶように大好きなドラえもんの顔になっていました。大きさは真菜実ちゃんがちょうど食べやすい大きさです。味は真菜実ちゃんが一番好きな味つけです。親でないと作ることができない、わが子だけのためのおにぎりでした。
南無阿弥陀仏とは、この「私」が仰ぐご本尊として、また称えやすいお念仏として、そして心で味わえるご信心として表れてくださり・・・悲しいくらい、お前がかわいいよ・いとしいよ・大切だよ・・・とのお慈悲のおにぎりであると、私は味わわせていただきました。
今年も、まもなく命日です。
◇
満中陰に寄贈された玄関ゲートに「平成二年六月二十七日 寄贈 西井真菜実」とお名前を入れました。今日もそれをくぐり登降園するかわいい園児たちを見守ってくれています。
(本願寺新報 2012年06月20日号掲載)
本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より
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