読むお坊さんのお話

原爆地獄から出発した吉田勝二さん

楠 達也(くすのき たつや)

長崎・光源寺前住職

被爆体験を語り続け

 〝平和の原点はひとの痛みがわかる心を持つ事〟

 この言葉は、被爆体験を語り続けたご門徒・吉田勝二(かつじ)さんが、今年4月1日に78年の生涯を終えられるまで、力の限り訴え続けられた言葉です。

 私も原爆の時は6歳、小学1年でしたが、あの時のことは65年たった今も原風景として焼き付いています。本堂に次々と運び込まれてくる人々、何の治療も受けられず、ただ赤チンをぬるだけ...。やがてウジがわき、苦しんで亡くなっていかれた様子は忘れられません。ご遺体は大八車やリヤカーで近くの小学校へ運び運動場で火葬に...。その煙と臭いは今も私の体にしみ込んでいます。

 まだ1年生、何もわからなかったはずですが、あの日あの時、B29の爆音とピカドンの一瞬、死にものぐるいで防空壕に飛び込んで助かったようです。しかも、どこのどなたかわかりませんが、「コラッ! 早く逃げろ!」と大声で呼んでくださった方のおかげでした。いつも8月9日11時2分には、その声の主を想って手を合わせお念仏申さずにはおれなくなりました。それがまた、南無阿弥陀仏の〝弥陀のよび声〟と重なり、いつもよび続けてくださっている如来さまのお心に気付かされることでもあります。

戦争を憎んで人を憎まず

 さて、吉田勝二さんは、当時13歳。長崎工業学校造船科の2年生で、学友7人とともに被爆。畑や道路を飛び越え40メートルも吹き飛ばされ、全身焼けただれ、意識もかすかで、気がつくと全くの悪夢でした。血に染まり死体で埋まった浦上川。友人同士「何か顔がものすごく変わっとるぞ」と言い合いました。

 元気だった一人が数キロ離れた吉田さんの自宅までたどり着き、「吉田君はやけどはしているが生きています。早く学校へ助けにいってやってください」と伝えてくれました。

 ご両親が学校へ駆けつけるとグラウンドいっぱいに、白い包帯でぐるぐる巻きにされた人ばかり。「勝二! 勝二!」と叫んでも、誰がわが子かわかりません。一人一人に声をかけやっと捜(さが)し当てたものの、それでも半信半疑。あまりにも変わり果てていた姿に驚くばかりでした。

 やっとの思いで自宅へ連れて帰られた後も、全身からの膿(うみ)やウジで、何ともいえない臭気が家中に漂っていました。それからは全く意識が無くなり、うわ言ばかり。治療のため大村の海軍病院へ行くと、終戦で進駐してきた米軍によりペニシリンが使われ、九死に一生を得ました。

 その後1年余りでなんとか退院したものの、人目にさらされる苦しみから一歩も家を出られなくなりました。でもお母さんの「勝二、一生家の中で過ごすことはできんやろ。歩くだけでも練習を」の言葉に励まされて、少しずつ外に出るようになりました。そして、悲しいことばかりに出あいながらもやっと立ち直り、社会人として生きるため食品会社に就職。しかし、セールス先で子どもに泣かれていやがられたりして苦しみました。

 それから幾年月。お母さんの命日には大きな声で正信偈をおつとめし、今日の自分があるのは母親のおかげと、「ナンマンダブツ、ナンマンダブツ」と、お念仏申す人となられました。

 そして「戦争を憎んでも人を憎んではいけない」とアメリカまで行って被爆体験を語りました。近年は次の世代の小中学生に語り続けられ、これに感動した中学生が吉田さんの体験をパネルにし、やがてそれが絵本になりました。

 吉田さんは絵本を紙芝居仕立てにして、長崎平和推進協会の白鳥純子さんと読み聞かせを始めました。3年前の初公演は、光源寺の仏さまの前で、ひかり子ども会のみんなに、と決めていました。この4月に吉田さんが亡くなられ、その追悼の紙芝居が、吉田さんの心を受け継ぐ白鳥さんによってお寺で上演されました。その後も各地で公演されています。

 原爆地獄から出発してお浄土へ歩まれた吉田さんの78年。信じられないほど明るく強く、優(やさ)しさいっぱいの生涯でした。

  安楽浄土にいたるひと
  五濁(ごじょく)悪世(あくせ)にかへりては
  釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)のごとくにて
  利益(りやく)衆生(しゅじょう)はきはもなし
  (註釈版聖典560ページ)

 ご和讃の通り、今も吉田さんは平和を語り続けています。

(本願寺新報 2010年08月10日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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