"わたくし"とは何者? -AIが発展しても解決できない問題-
北條 不可思
広島県呉市・蓮向寺住職 シンガー・ソングライター

想像をこえる進歩
いよいよ、東京オリンピック・パラリンピック2020のカウントダウンが始まりましたが、大阪万博2025決定のニュースに49年前の興奮がよみがえり、心が躍ってしまいました。
9歳の私が目を見張ったのは、人の多さです。とにかく人だらけ。広島を発つ時は、月の石を見ようと張り切っていましたが、アメリカ館の行列にガックリ肩を落としました。ようやく見つけてイスに座れたのはスイス館の前だったでしょうか。
現在は、「はやぶさⅡ」の帰還が待ち望まれているように、科学技術が空想をどんどん現実にしています。そして時代の寵児(ちょうじ)はなんといってもAI(人工知能)です。すでに私たちの暮らしの中に、社会の中に、娯楽にも、学習にも、経済にも、そして国境も大気圏すらも越えてAIは活躍の場を拡張しています。私も知らぬ間に、AIの恩恵に浴しているのだと思います。
なにしろAIは、膨大なデータを蓄積して忘却しません。感情がなくても、感情の意味を理解させて運用することができます。囲碁や将棋の世界にデビューしたばかりの頃は、ほほえましく敗退していましたが、すでに世界ナンバー1の実力者を顔面蒼白(そうはく)にして勝利を収めています。AIの実相など到底把握しようがありません。
先日、人生相談を受けるAIロボットを紹介するドキュメンタリー番組を見る機会がありました。まず手始めに、ボディーランゲージを熟知しているので、相談者相互のしぐさを解読して人間関係を推量します。的確な指摘に場の緊張がほぐれます。
各人の言い分を聞きつつ許可されたアドレスにアクセスして検索履歴を取得すると、当人が語らない興味の対象やデリバリーの注文内容をズバズバ公表します。心理療法士のプロフェッショナルな話術を駆使し、必要に応じては、うそ発見器の機能まで発動させて疑いを一蹴します。
人間と違って躊躇(ちゅうちょ)や偏見を持たずに核心に迫りますが、そのくせ夫婦問題に踏み込む前には、子どもたちに退席を促す上々の気配りまで見せます。モニターとして参加した人は、「連れて帰りたい」と一様に言いました。在宅AIロボットに相談すれば、余計な争いを回避できるし、疑心暗鬼に心悩ませる必要もなくなります。なるほど、魅力的ですね。
得がたいご縁
しかし、よいこと尽くしとは言えません。問題は、解決すべき問題が枯渇(こかつ)しないことそのものです。つまり、最も向き合うべきは、「際限なく『解決を望む問題』が湧き出てしまう『わたくし』とは何者か?」という問いではないでしょうか。
「わたくし」は、定時に必要な栄養を摂取すれば動き続けられるほど単純ではありません。年齢や性別や環境などに応じて欲するものは変化するし、得られるものも異なります。どれだけの財産があっても、いかなる地位にあっても、すべてを思い通りにすることはかないません。なぜなら、生老病死(しょうろうびょうし)を逃れることができないからです。
それゆえに私は、宗祖親鸞聖人のみ跡を慕わずにはおれません。親鸞さまは、阿弥陀さまの大慈悲のみ心に出遇(あ)われ、わがはからいを捨て去り、おまかせするほかないと深く信知され、生死(しょうじ)出(い)づる道を示してくださいました。まさしくお念仏をよろこぶ道です。
「遇(あ)ひがたくしていま遇(あ)ふことを得(え)たり、聞きがたくしてすでに聞くことを得たり」(註釈版聖典132ページ)と、鮮やかに述べられた通り、AIの登場などにかかわらず、すでに本願念仏は深々と響いているのです。
そして、この「わたくし」は、仏智(ぶっち)の眼(まなこ)に見抜かれた煩悩具足(ぼんのうぐそく)の凡夫であったと、つくづく思い至るのです。無常の世を限りある命で生きる身ではあるけれど、不思議にも人として生まれるご縁があり、親鸞聖人が出遇われたように、本願念仏に出遇うご法縁にも恵まれました。
このうえは、阿弥陀さまの大慈悲心のはたらきに遇うことのよろこびを、縁ある方々に伝え、共に歩みたいと思います。悲しみも喜びも、お浄土参りの道中と味わいながら、真(しん)に実りある日々を生き抜きたいと願う時、親鸞聖人のご和讃(わさん)が心に響きます。
生死(しょうじ)の苦海(くかい)ほとりなし
ひさしくしづめるわれらをば
弥陀弘誓(みだぐぜい)のふねのみぞ
のせてかならずわたしける
(同579ページ)
(本願寺新報 2019年03月10日号掲載)
本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より
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