戦地からの便り -悲しみが悲しみだけで終わらないみ教え-
名和 康成
布教使 北海道三笠市・善行寺住職

南洋の島で防衛に
ご縁というものは本当に不思議なものです。
3年前の12月、布教のため東北地方を巡回させていただいたときに、生涯忘れ得ぬ出来事に恵まれました。それは岩手県北上市にお住まいのTさんとの出遇(あ)いです。
Tさんは当時88歳の男性で、全く面識のない方でした。私がその方のことを知ったのは、東北地方を訪問する数カ月前、私宛に送られてきたTさんからの一通の手紙によってでした。
「名和さんがいらっしゃる十二月のご法座を心待ちにしています」という一文とともに、便箋(びんせん)5枚にもわたって書き連ねられている文章を拝見し、驚きの事実を知ることとなったのです。
手紙には、七十数年前に太平洋戦争でお亡くなりになった、Tさんのお兄さまのことが記されていました。心優しかったお兄さまとTさんは、幼い頃から、当時、北上の地域にあった仏教会館によくお参りされていたそうです。
しかし、戦争が始まり、お兄さまの元には召集令状が届きます。最初は北海道の旭川歩兵第27連隊に入隊、直ちに旧満洲(中国東北部)の部隊に配属されました。4年間、ソ連(ロシア)との国境警備に当たられた後に、本土防衛の名目のもと、南洋群島カロリン諸島にあるメレヨン島へ。地図で確認するのも難しいくらい小さな島で防衛に努められましたが、食料、医薬品などの補給もなく、お兄さまは極度の栄養失調で亡くなっていかれたそうです。
しかし、続く内容に私の目はくぎ付けになりました。お兄さまが満洲にいらっしゃった当時の戦友に、「名和」という名の北海道出身の浄土真宗のお坊さんがいたことが記されていたのです。
確認しましたところ、その人物が私の大叔父(おじ)であることが判明し、さらにはメレヨン島で最後まで同じ部隊に所属し、亡くなった時期も2カ月しか違わなかったことまでわかりました。目も当てられないような悲惨な状況の中で、二人はどのような日々を送っていたのでしょうか...。
"聴聞するように"
いただいたお手紙を手に、私は雪降る北上市に向かいました。Tさんは、お兄さまの戦友が私の大叔父であったことを確認するなり、私の手をぎゅっと握りしめ、涙を流されていました。
「満洲にいた頃、兄は名和さんから親しく親鸞聖人のみ教えを聞かせていただき、お互いご法義について語り合えるよろこびを便りに知らせてきました。その記憶がいまだに残っています」と語られ、私たち家族でさえも知らなかった戦地での大叔父の姿を知らされることとなりました。
「兄から家族それぞれに宛てた軍事郵便には、いずれにも、『よく聴聞するように』と記されていました。以来、北上の地でご法座に足を運び続けること七十数年、私は兄の言葉に導かれ、兄のおかげで阿弥陀さまのお慈悲のお心を聞かせていただくことができました。有り難い人生でした」
そのお言葉に、私は深い感銘を受けました。
安楽浄土(あんらくじょうど)にいたるひと
五濁悪世(ごじょくあくせ)にかへりては
釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)のごとくにて
利益衆生(りやくしゅじょう)はきはもなし
(註釈版聖典560ページ)
阿弥陀さまのはたらきによって浄土で仏となった方は、大いなる慈悲の心をおこして還相(げんそう)の菩薩として、この迷いの世に還(かえ)ってきて、釈尊が自在にご教化(きょうけ)されたように、迷える人々をみ教えに導くのである、とのご和讃が、Tさんのお言葉と重なります。
お浄土に生まれていったお兄さま。そのお兄さまのお導きを、Tさんの何十年にも渡るお聴聞の歩みの上に深く味わわせていただきました。と同時に、深い悲しみを背負いながらも、「有り難い人生」と言い切られるTさんのお姿に、み教えに生かされる力強さを感じました。
悲しみが、それだけに終わっていかないのが浄土真宗の救いなのである、ということを教えていただくご縁ともなったのです。
「大叔父さまと、私の兄とのご縁、そしてこのたびの名和さまとのご法縁。不思議なご縁とはこのことかと胸の詰まる思いでいっぱいです」
人と人とのつながりの中で伝わるのが、お念仏のみ教えとお聞かせいただいております。お兄さまにいざなわれ、Tさんが歩まれた道、それは私たちにも開かれている浄土への道です。
先人の導きや、多くのご縁により出遇うことができたこの道は、私たちもまた、浄土に生まれ仏となり、迷いの中で苦しむものを救いたいとはたらき続けていくこととなる尊い道です。そのことをよろこびつつ、日々の暮らしをお念仏とともに歩ませていただきましょう。
(本願寺新報 2019年08月10日号掲載)
本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より
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