読むお坊さんのお話

身勝手な優しさ -まず相手の心をくみ取って、よく受け入れる-

貫名 譲(ぬきな ゆずる)

大阪大谷大学教授 広島市・浄満寺住職

素晴らしい笑顔

 広島の私のお寺には、保育園があります。そのため、子どもたちと接することが多々あります。子どもたちは私を見かけると、本当に無垢な笑顔を見せてくれ、疲れたりイライラしたりすることの多い私の心を、いつも和ませてくれます。

 子どもたちはいつも笑顔で遊んだり、勉強したりしていますが、最高の笑顔が見られるのはいつかなあと観察していますと、お父さんやお母さんが「いい子にしてた? さあ、帰ろうか」と笑顔でお迎えに来られた時が、一番いい顔をします。お父さんやお母さんの偽りのない穏やかさと、わが子を愛しいと思う優しさが、子どもを満面の笑顔にさせているのでしょう。

 笑顔が素晴らしいといえば、プロゴルファーの渋野日向子さんがプレー中に見せる笑顔が、多くの人々を魅了しています。皆さんも、誕生日や入学、就職など、お祝いをしてもらった時には素晴らしい笑顔で写真やビデオにおさまっていると思います。素晴らしい笑顔は、それを見る者を心穏やかにしてくれます。

 『無量寿経』の中に、「和顔愛語(わげんあいご)」という言葉があります。
 「和顔愛語(わげんあいご)にして、意(こころ)を先(さき)にして承問(じょうもん)す」
     (註釈版聖典26ページ)

 表情はやわらかく、言葉はやさしく、まず相手の心をくみ取ってよく受け入れる、ということです。

 これは、阿弥陀如来が法蔵(ほうぞう)菩薩として修行されていたときの様子を表した一文です。

 和顔愛語―私も人と接するときは常にそうありたいと心掛けています。しかし、現実はなかなか思うようにはいきません。

 笑顔で接しても笑顔で返してくれないこともありますし、優しい言葉をかけても逆に気分を悪くされることもあります。特にメールのやりとりなど、相手の顔が見えないところでは、誤解されることが多々あります。

 そんなとき私は、「せっかく笑顔で接したのに」「優しい言葉を掛けたのに」と、報われなかった怒りを相手にぶつけてしまいます。

 ただ、私もいい年をした大人ですから、少し時間をおいて自らの言動をふり返ってみますと、必ずと言っていいほどある共通点が浮き彫りになってきます。それは〝身勝手な優しさ〟です。それでは本当の「和顔愛語」にはなりません。偽り、見せかけでしかないからです。

自分本位の私

 先に紹介した『無量寿経』の「和顔愛語」のすぐ後には「意(こころ)を先(さき)にして承問(じょうもん)す」(先意承問(せんいじょうもん))とありました。

 どんなに笑顔で接しても、どんなに優しい言葉をかけても、相手の心をくみ取ろうとしなければ、本当の「和顔愛語」は実践できません。相手の心を完全にくみ取ることは私たちの力では難しいですが、くみ取ろうと努めることはできます。

 お父さんやお母さんの笑顔、そして優しい言葉は、子どもたちを笑顔にさせます。渋野さんの笑顔は、ファンのみならず、多くの人々の心を癒(い)やしてくれます。誕生日などのお祝いをしたとき、主役がよろこんでくれると私たちもうれしくなります。それらは、子どもやファン、家族や友人など、相手に対して安心感を抱いたり、心遣いに感謝する心から自然と出てくる笑顔だからです。

 私たちは、どこまでいっても自分本位にしか生きられませんが、そんな私でも阿弥陀如来のみ教えを聞かせていただくことによって、煩悩を抱えた凡夫(ぼんぶ)のままではありますが、自分本位のあり方を少しでも慎(つつし)みたいと思わせていただけるようになるのです。

 私は「和顔愛語」について述べてきましたが、あらためて自らの姿を見つめてみようと、本堂の阿弥陀如来の前に座りました。阿弥陀如来を拝むとほほ笑んでおられるように感じます。南無阿弥陀仏と称(とな)えると、心が和みます。

 心を落ち着かせたくて礼拝(らいはい)したり、お念仏を称えたりしているわけではありません。「阿弥陀さまが私を思ってくださるそのお心によって、いま私が穏やかに感じられるのだ」と、素直に思います。「和顔愛語」について書いてきたから、そう感じられるのかもしれません。日が変われば、今の心は薄れてしまっているかもしれません。

 私は普段、ご門徒の方々や大学の学生、保育園の子どもたち、いろんな人と接していますが、その時々の身勝手な心で接してしまっています。これからも阿弥陀如来のみ教えを聞かせていただくことによって、「和顔愛語、先意承問」の生き方を少しでも心掛けていきたいと思います。

(本願寺新報 2019年10月10日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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